目的の地点に降り立ったときには、既にあちこちから火の手が上がり始めていた。
炎凰の怒りは既に限界を超えているらしい。
何とか消火に間に合う規模なのが救いだが、このまま放置していては犠牲になるのはこの屋敷だけでは済まされない。
予定よりも状況は切羽詰っているようだ。
「さーて、時間が無いみたいだからちゃちゃっと済ますぜ」
逼迫した事態でもいつもと変わらぬ声で呟けば、周囲に集った派手な面々は無言でうなずいた。
流石に精鋭部隊とあって度胸も据わっている。
佐助は仮面に覆われた目元を緩ませ、口元をにぃと吊り上げた。
「俺達は今日は忍じゃない。…人でもない」
淡々と言いながら、声から感情も消してゆく。
「痛みを感じるな、熱さも無視しろ、実体を悟らせるな、己から生きた気配を消し去れ」
今日は愚かな輩に天罰を下しにやってきたのだ。
罰を下すのは天。
人の裁きではなく、抵抗しようの無い絶対的なものから与えられるモノで無くてはならない。
それに生きているものとしての気配は邪魔なだけだ。
「息も殺せ、傷も受けるな、唯ひたすら」
そこで一旦言葉を切る。
そして赤鉢巻を巻き付けた右腕を前に突き出す。
「不可触の域に手を伸ばした愚者共に、最上級の恐怖を」
突き出した拳を握りしめれば、周囲に集った面々も同時に拳を握った。
誰もが不敵な笑みを浮かべている。
「派手にいこう」
忍の身では絶対口にしないであろう言葉を口にすれば、派手な装束が妙に似合う男が笑いながら茶化した。
「くくっ…佐助らしくない言葉!」
「当たり前でしょ」
にいと笑んで答えた顔を、艶やかな炎が照らした。

「だって俺様は“怪盗天狐仮面”だよ?」




























































盗賊団九尾は名前に入った“九”という数字を裏切って、全員で十人だ。
これに関して団員からは疑問の声が上がった。
「佐助、何か一人多くない?九尾なんでしょ?」
それに対して派手に着飾った佐助はあっけらかんとこう言った。
「何言ってんの。俺様本体お前ら尻尾。ほらこれでぴったり」
己と相手とを交互に指さして、当然のことのようにそんなことを言う。
佐助の衣装が一番派手なのは、長だからじゃなかったのか!とその団員…否、尻尾其の三は納得した。
しかし尻尾九人も派手さに関しては似たり寄ったりである。
ひらひらと舞う衣は動くのに邪魔。
しゃらしゃらと鳴る飾りの音は隠れるのに邪魔。
闇夜に浮かび上がる白は忍ぶのに邪魔。
どれもこれも、良いところなんて見た目の良さくらいしかない。
そんな衣装をまとった尻尾諸君は今現在、動き辛さもなんのその。
ごうと唸る炎を避けて、ただっ広い屋敷の庭へと降り立っていた。
言うまでもなく敵の真っただ中である。
「く…曲者…??」
「いや…しかし…」
明らかに侵入者といった風体ならば迷いなく斬りかかることが出来たのだろうが、入ってきた連中は人かどうかも怪しいような、変なやつらだった。
反応が微妙になるのも無理はない。
対して庭に降り立った盗賊団九尾には迷いなど無い。
本体を除いた全九本。つまり佐助を除いた九人は、流れるような所作で腕を振り、ごうごうと猛る炎の音を掻き消し手に持った鈴を鳴らした。

しゃん

澄んだ音は喧騒の中でも高く響く。
動くべきか動かざるべきかと迷っていた者達は、その音に呑まれたかのように動きを完全にとめた。
その刹那。
尻尾其の一が周囲の風を操り空高く舞い上がった。
「飛んだ!!」
派手な恰好をした得体の知れないものが衣を翻して美しく宙を舞えば、視線は自然と引き寄せられる。
その隙をついて、地にとどまった尻尾達が即座に動いた。
ある者は手刀を受け、ある者は薬を嗅がされ、そしてまたある者は声を封じられ。
空へ視線を奪われた者はすべて意識を飛ばすこととなった。
そこで我に返ったのは、不幸なことに曲者もどきから目を離さなかった者達である。
「むっ?!何だ今の面妖な術は?!貴様ら物の怪の類いか?!」
忍の独特の動きは早々目で追えるものではない。
動きさえ見ることができればただの体術として片づけられたものを、彼らは不気味な術として捉えてしまった。
蓋を開ければ種も仕掛けもないというのに、滑稽な話である。
しかしその勘違いは彼らにとって武器になるため、否定はしない。
そしてもちろん肯定もしない。
顔を隠した薄布越しに、朱を刷いた唇をにいと持ち上げまたも鈴を鳴らす。

しゃん

その音に、今度は尻尾全員が飛び上がった。
衣が翻る様子は状況さえ忘れられれば目を奪われるような美しさだ。
しかしそんな場合ではない。
物の怪の仕業と恐れ慄いている者達は、手にした武器の存在に気付くと己を奮い立たせ、奇声を発しながら斬りかかって行った。
辺りを照らす炎が白刃に煌いて、庭に佇む派手な集団の効果もありとても綺羅綺羅しい。
震える手で振り下ろされたその白刃は、どの尻尾も捉える事無く地に突き立った。
土を穿つ鈍い音が大小さまざまに響き渡る。
そしてそれと同時に、金鎖の涼しげなしゃらしゃらとした音が空から降ってきた。
物の怪とともに。
「ひぃぃっ」
叫びをはじめに上げたのは誰か。
その声を合図に、なけなしの勇気を振り絞っていた者たちは尻尾を巻いて逃げだした。
しかし敵は人では無いのである。
庭を突っ切り、木をかき分け、建物の陰へ身を隠そうと角を曲がった瞬間。
居た。
「ひぃぃぃっ」
さっき確かに振り切って逃げたはずの存在が、進んだ先に静かに佇んでいる。
恐怖以外の何ものでも無い。
人間業とは思えぬ芸当を披露したそれらは、ゆらりと体を傾げてその場を動かない。
「あ、あ、あ、あぁ…」
ゆらゆらと揺れる姿が恐ろしい。
恐怖にとりつかれた男たちは、腰を抜かし、それでもその存在から距離を取ろうと動かぬ足を叱咤し、僅かながらも後ずさる。
涙ぐましい努力でつくられたその距離は、ひとつ大きく鳴った炎を合図に、一瞬で埋められた。
薄布越しに、炯々と光る金の目。
それが目の前に。
「ひっ…」
過ぎた恐怖は悲鳴すら掻き消す。
消え去った悲鳴にならないその声を最後に、その男の意識は途絶えた。
そして彼らは振り向く。

    ? 」

高いようで低い、男のようで女のような、声のようで音にも聞こえる。
そんな響きで綴られた言葉が、近くと遠くから届けられる。
そして意味を理解した瞬間、その存在が傍に。
「ああああああああああっ」
断末魔の叫びが庭に木霊する。
それを至高の美酒の如く浴び、尻尾達は高らかに笑った。

あの御方のものに手を出すから悪いのだ。






























「おー凄い凄い」
一人屋根の上に佇み、高みの見物を決め込む存在が一つ。
庭を舞うどの存在より派手な恰好をしている癖に、その姿は闇に溶け込み誰からも見咎められることは無い。
彼は行動を起こす素振りも見せず、その場に静かに立っていた。
そして時たま細い筒のようなものを銜え、鋭く息を吹き込む。
しかし音は鳴らない。
「ったく…拙い布陣だこって」
それは普段お館様の手腕をすぐ傍で見ているからだ、と傍に仲間がいたらそう言っただろう。
しかし今彼は一人だった。
戦国随一と言ってもおかしくはないほどの知将の布陣を知る彼は、鳴らない笛を操り手足の如く動く尻尾達へ指示を出した。
「ある程度片づけて貰わないと俺様の仕事が出来ないからねー」
誰に言うでもなくそんな言葉を口にして、紅蓮に包まれた屋敷を見渡した。
高い塀に囲まれたこの屋敷は、広い分警備に人を割く必要がある。
そして人を割けば、それを統括しなければいけなくなる。
その統括というのが厄介だった。
全体を見渡し戦況を図り、冷静に指示を出し事に当たる。
言うのは簡単だがやるのは難しい。それが出来る人間はなかなかいないものだ。
そしてその言葉を表すように、現在指示を出し統括する立場にいる人間は、どうしようもなく無能な人間のようだった。
燃え広がる炎に動転し、消火に当たるも給水経路すら確保できていない。
ただ怒鳴り散らし周囲の人間の不安を煽る。
「そんな中、謎の侵入者が現れたらどうなるかなぁ?」
一つ冷笑を浮かべると、彼はまた一つ鳴らぬ笛へと息を吹き込んだ。
その瞬間、忠実な彼の尻尾達が行き先を変えた。

「要崩し、頼んだよ」






























唸る炎の音に混じって、高く澄んだ鈴の音が響く時、それはこの世のものならぬ存在が姿を現す合図なのだと言う。
「そんな馬鹿げた報告が信じられるか!それよりこの炎を消せ!せっかくの宝が灰になってしまう!」
「ですが確かに見たのです!目がこう、ぴかーっと金に光って、口から炎を吐くところを!」
「煩い!そのような戯言を申す暇があったらとっとと火を消せというに!」
「本当なんです!奴らは人間じゃありません!」
青ざめた顔の男が必死に言い募るも、いらいらと怒鳴り散らすやや年配の男は全くと言っていいほど取り合わない。
普通に考えればそれが正しい反応なのだが、今回ばかりはその証言を信じなかったことを後から後悔するしかなかった。

しゃん

「ひぃっ…!ほ、ほらっ鈴の音が!!!」
「鈴の音がどうした!鈴くらい蔵の中にいくつもあるわ!これ以上そのような世迷言を口走るようなら今ここで貴様を切り捨てるぞ!!」
そう怒鳴ってその男が腰の刀へ手を掛けた瞬間、あたりを取り巻く炎が色を変えた。
緑、紫、青、橙。
花火のように色を変え、うねるようにその身を大きくする。
当然、その場は混乱に包まれた。
「なっ何だ?!」
その問いかけに答えるように、彼らは炎の中から飛び出してきた。

しゃん

着地とともに、鈴が鳴る。
それ以外音はしなかった。
ただゆったりと衣が翻り、今しがた飛び出してきた炎がその身に燃え移ることもない。
「き…貴様らっ」
面妖な姿に一瞬呑まれたものの、男は気を取り直して刀を抜き放った。
なかなか評価すべき根性である。
しかし。
「んなっ?!」
抜いた刀には刃が無かった。
柄の部分を残して綺麗に無くなっており、折られた様子もない。
驚いて前を見やれば、派手な姿の得体の知れないもの達が、くすくすけらけらと高く低い声で笑っている。
「ば…馬鹿にしおって…!!おいっ刀を貸せ!!」
そう言って傍にいた男から刀を奪うと、恐れを振り払い斬りかかって行った。
まず一閃、捉えたように見えたが空を切る。
気を取り直して今度は下から上へ跳ね上げる。しかしそれも空を切る。
体制を崩しかけるも何とか踏みとどまり、今度は袈裟切りに下ろす。
やはり捉えられない。
「こ…このっ」
男は息を切らしながらもまだ諦めずに向き合った。
しかし空気が変わった。
空気が冷え、揺らめく炎が紅蓮へと色を戻す。
それが順番が向こうに移った合図だった。
彼らは長い裾を揺らめかせると、何処から取り出したのか、手には柄の見当たらぬ白刃が光っている。
それを素手でぎりりと握り、その場でくるりと一回転。
すると白刃が二つに増える。
両手に刃。
それがあわさり、かちんと音が鳴った。
来る。
身構えた瞬間、彼らは動いた。
伏せるように身を縮め、這う様に地面を向かってくる。
「ひっ」
待ち受ける者達が、我知らず喉を鳴らした。
しかしそんなもの気にしてくれるような存在ではない。
その華美な集団は白刃を手に風の速さで肉薄すると、にたりと笑って容赦なくその手のものを相手へと突き立てた。
体の中心へではなく、手のひらへ。
「ぎゃああああっ」
上がった悲鳴にまた一つ彼らは笑みを浮かべると、指し貫いた手を地へ縫い止めるように振り下ろした。
「ぐぁああああっ」
僅かに散った血も、彼らを汚すことはない。
そのまま武器に執着を見せずに手を放すと、彼らは軽やかな足取りでその場から逃げ去ろうとしている者達を追い掛け始めた。
「くっ来るなぁぁぁ」
泣き声のようなその悲鳴を上げた者達を、わざわざ選んで追いかけるような鬼畜っぷりを披露した尻尾諸君は、また一つ高らかに笑い声を上げた。

癖になりそう。






























「そろそろ俺様の出番かねぇ…とは言っても火の勢いが予想以上なんだよなぁ」
さっきと変らず屋根の上に一人佇む佐助、もとい天狐仮面は隠れる気が無いのか、はっきりと声に出してそんなことを言った。
そして大仰な仕草で周囲をぐるりと見まわし、軽く溜息を吐く。
情報収集を任せた武田忍は、見取り図を手に入れてくるなどなかなか手際が良かった。
それを元に作戦を立て、肩苦しい衣装合わせの合間を縫って現場を確認し、今現在に至る。
しかし予定というものは必ずしもその通りに行くものではない。
立てれば立てるだけ崩れるし、その度に臨機応変に修正して動く必要があるのだ。
しかし今回に関しては、到着した時点で予想を上回る規模の炎が噴き上がっていた。
もう初めから狂っていたのだ、予定など。
「撹乱は成功、警備もだいぶ片づけた、そして燃え盛る蔵三つ…か」
炎の発生源は炎凰で間違いないのだから、炎をたどれば辿り着く。
そう思って臨んだこの作戦。
困ったことにその炎がでか過ぎた。
辿ろうにもどこから発生しているのか見分けられないのだ。
どれもこれもあの二槍の怒りを反映してか、酷く美しい紅蓮を纏い続けている。
しかし三つはちょっと多過ぎる。
「分身じゃあちょっと役者不足だよなぁ…」
というのも、炎凰に特攻をかける役目は佐助扮する天狐仮面にしか出来ないからだ。
怒り狂った炎凰に安易に近づけば、それだけで焼き殺されることだって無いとは言えない。
一番良いのは幸村本人を連れてくる事だが、あの直情型人間は隠密行動がこれ以上無いほど不得手だ。
正体を隠そうと変装しても絶対にばれる、と言いきれるほど演技も下手だ。
連れてこれるはずがない。
そう言って何度もあの主を言いくるめ、宥めすかし、最後はお館様の手を借りて説得に当たった。
その成果か、本人は渋々ながらも今日はお留守番してくれているのだ。
とは言っても主の無念も分からない訳ではない。己の槍がむざむざと奪われて、それを己の手で取り返すことが出来ないもどかしさも良く分かる。
だから天狐仮面は、来られない本人の代わりにその私物を出来うる限り身に纏ってきた。
あの人もここに。
そして、少しでも幸村の気配をあの炎凰に。
炎凰が主と認めたその気配を、僅かでも感じとってくれれば焼き殺される可能性はぐっと減る。
気休めくらいにしかならないかもしれないが、それでも無いよりはましだ。
「やっぱ分身はやばいよなぁ。ただでさえ少ない旦那の気配を三分割なんて出来るわけねぇし…」
ぼやいて肩を竦めればまた一つ炎が鳴った。
早く来いと乞うているのか、それとも手を出しあぐねているこちらを嘲笑っているのか。
あの気高い炎の意志など思い測ることなどできはしないが、その身の収まる場所は幸村の手以外あり得ない。
選ぶ道はいくつかあれど、行き付く先は一つだ。
「だからもうちょい絞り込みたいんだけど…お客さん来ちゃったか」
そう言ってくるりと振り向けば、今の衣よりずっと馴染み深い装束を身に付けた者達が三名。
只の盗賊かと思えば忍まで飼っていたのだ。ここの連中は。
調べれば調べるほど馬鹿らしい。
その正体は先の戦で武田へ従属した地方領主の一人だったのだ。
この戦乱の世で、一枚岩であれと言う方が難しいのだろうが、これにははっきり言って呆れかえった。
あの武田信玄の、愛弟子の槍を、こんな形で奪うなど。
腹いせにしてもやり方を選ぶべきだった。
そして悲しいことに、もうこの地は武田のものだった。
あの二槍が焼こうとしているのは、武田の地なのだ。
幸村が悲しむに決まっている。
「遊んで欲しいのかい」
仮面の下で目を細めれば、その忍達は僅かに身を竦ませた。
仮面越しの眼光一つでこの有様だ。…勝負にならない。
しかし容赦などする気はなかった。
欠片とも。
にやりと笑って腰の得物に手をやると、普段では考えられないような派手な太刀を引き抜いた。
豪奢なつくりのそれは、振るえば炎を照り返し鋭く煌めくのだろう。
それを片手で無造作に構え、反対の手でちょいちょいと手招きした。
「来な」
一言言えば、奴らは飛びかかってきた。
上、右、そして前方。
位置を把握し、まず飛んできた苦無を一閃して弾き返す。
そして右からの一撃を太刀で受け止め、前からのは足で捻じ伏せ、上のは片手で払った。
軌道を読めばこれくらいは容易い。
敵が次の動作に掛る前にこちらは動きだし、まずは一人足もとの奴を昏倒させる。
体制から考えて踏めば一発だ。
右の奴は太刀の柄で殴り付け、ふら付いたところを下へ突き落す。後は地面が何とかしてくれるだろう。
そして最後はさっき横に払った奴。
そいつは上手い具合に着地して、予備動作すらなく天狐仮面へと飛びかかってきた。
しかしこちらとの力の差があり過ぎる。
これならあの主よりも遅い。
天狐仮面は派手な動きでそれを避けると、くるりくるりと回転して屋根の上を飛び回り始めた。
それを追いかけるように敵の忍も一緒に飛びまわる。
傍から見れば滑稽に見えるかもしれないが、追いかける方としては必死だ。
近づけばするりと逃げられ、離されればわざわざその場でひらりと舞って距離を埋めてくる。
考えるまでもなく、馬鹿にされているのだ。
避ける動作も飛び上がる仕草も、忍のそれではない。
魅せる為の動きだ。
余計な力を使って、見た目が美しくなるように手足を操っている。
それを見た忍は僅かに頭に血を上らせかけたものの、賢明にも感情を乱すようなことはせず、ただ淡々と追いかけ、標的が決定的な隙を見せるのを待っていた。
感情の制御としては一人前だ。技量が伴っていないところが惜しいが、そこだけは評価しても良いところである。
しかしそれ以前に彼は判断を誤ってしまっていた。
こんな標的、一生追いかけていても隙なんて見せはしないのだ。
知らないとは言え彼の標的は影に生きる者の中でも随一と言われる存在。
変な仮面を被って派手な恰好をしてはいるが、正体はあの“猿飛佐助”である。
そんな化け物みたいな奴を相手にまともにやり合おうなんて、考えることすら愚かなことだ。
しかし彼はそれを知らなかった。
それが彼の敗因だった。

ふわりと風が揺れた。
「追いかけっこ終わり」
そして彼の耳元で深い声が響く。
その意味を理解した瞬間、彼の意識は呆気なく途絶えた。
「お馬鹿さん」
もはや届いていないと知りつつも、天狐仮面はそんな言葉を口にした。
ここの連中へは、どんな悪罵も言って足りることはない。
瓦の上に昏倒した頭を一つ踏みつけ、天狐仮面はその場を去った。
そしてまた一度鳴らぬ笛を吹く。

聞こえぬその音に呼応するかの如く、紅蓮の炎がまた一つ大きく揺らめいた。
















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 盗賊団九尾大暴れ。
 幸村の槍を盗んだ奴らが相手なので、忍隊の皆さんは容赦しません。
 ちなみに尻尾九人は佐助を除いた十勇士たちです。
 忍隊の精鋭中の精鋭…。
 差し向けたお館様がお怒りなのです。
 (08.10.15)