天井を這っていた炎は奇跡的に燃え移らず、少々焦げ跡を残したもののこの部屋は火事にならずに済んだ。
立ち込めていた血の臭いは炎に焼かれて消えうせ、変わりにほんのりと甘い香の臭いが漂っている。
そしてさっきまで真っ暗だった外の闇は、何故か明るく変じていた。むしろ燦爛と輝いていると表してもいいほどの明るさだ。
気付かぬうちに夜が明けていたのかと障子越しに見える光に目を遣れば、それが陽の光ではないことが分かる。
あれは炎だ。
朝かと勘違いしてしまうほど盛大に焚かれた篝火。
己の一番好きな、炎の灯かり。
嫌な空気が全てかき消えたような心地に満足しつつ、腕の中で荒く息を吐いている主へと視線を戻した。
あの爆発のような絶叫と噴火のような炎を撒き散らした幸村は、その後すぐに力尽きたようにその場に崩れ落ちた。
その崩れ落ちた場所というのが、当然ながら組み伏せられていた佐助の上で、佐助は慌てることなく幸村を受け止めることが出来た。
怪我の具合や身体の状態も気になるところだが、見たところすぐに問いかけに答えられるような状態ではなかったので、しばらく待っていたのだ。
そろそろ息も整ったようだし、話しかけても大丈夫だろうか。
そう思って佐助が確認の声を掛けようとした瞬間、幸村が先に口を開いた。
「佐助、怪我は…」
「…それ台詞俺のだから。あんたの方がやばそうでしょうが。身体変なとこ無い?口切ったとこ結構酷いだろ?さっさと手当てしないと…」
そう言って持ち上げるように幸村ごと身を起こせば、幸村の手がそっと肩に触れてきた。
伏せられたままの顔は上げられることなく、こちらの傷を気遣うような手つきで縋りついてくる。
「佐助」
「はいはい。ところであんたほんとに大丈夫だよな?あの変なのどっかに消えたっぽいけどまだ違和感とかあるか?…ったくこんなことなら呪術の類もちゃんと知っとくべきだったぜ」
「佐助」
「あーはいはい、そんな何回も呼ばなくても聞こえてるって。それより俺の質問にも答えて欲しいんですけど?」
そう言って伏せられた頭に目を遣るが、顔を上げる素振りすら見せない。
こちらの腕をそっと掴んでいる幸村の手は微かに震えていて、その様子がさっきのあの得体の知れない何かとの攻防と被り、ぞっとした。
「旦っ…」
まさかまだあいつが。
震えそうになる手を叱咤して、少々乱暴ながらも素早く頭を掴み、無理やり顔を上げさせる。
そしてその顔を見た瞬間、思考回路が吹っ飛んだ。
「だ…旦那?!大丈夫じゃなかったのかよ?!何で泣くほど辛いのに言わねぇの?!ちょっとどこが辛い?!目立った外傷なんて口の傷ぐらいだろうから、やっぱりあいつのせいか?!」
手当てしようにも何処が辛いのかが分からない。
それでもこの主が泣くような辛さだとしたら、常人からしてみれば死ぬほどの苦しみのはずだ。
事は一刻を争うかもしれない。
とりあえず状態を確認しようと身体に目を走らせたところで、幸村が動いた。
幸村には在り得ないような繊細な手つきで佐助の背に手を回し、そっと抱きしめられる。
「ちょっと旦っ」
「佐助…」
「何っ?!名前呼ぶだけじゃなくって、あんたの具合を教えてくれってば!!」
「俺は平気だ」
言われた瞬間、体の中から力と名のつく全てが抜け落ちた。
体力然り腕力然り気力然り知力然り。
当然かくんと崩れる。
しかしもともと幸村に抱きしめられていたため、多少崩れても幸村の支えがあるから倒れ伏すようなことにはならなかった。
身体のあちこちにある傷が引き攣れたが、そんなものもうどうでも良い。
「あんたなぁっ!!…ったく、吃驚しただろうが!さっきまであれだけあんたやばかったんだからさ、もうちょい自分のこと心配してくれる?寿命縮まったっての」
「すまん」
「あーもう、いいよ…で?ほんとにもう奴の気配はないんだよな?」
「ああ。…もう、大丈夫だ」
言葉と一緒に、背に回された腕にそっと力が込められた。
幸村にこのような力加減が出来ることに佐助は心底驚いたが、それをわざわざ言って茶化すような空気でもなかったし、完全に主のものと断言できる体温は心地よかったから何も言わず目を閉じた。
ゆっくりと移ってくる熱と共に、肩を水滴が濡らす。
この主が泣いている理由が身体の不調ではないのだとしたら、考えられるのは唯一つ。
悔恨の涙だ。
ゆったりと背を戒める腕は佐助の傷を気遣った力加減で、体重をかけないように預けてくる体は生きている体温を確かめたいから。
幸村がその手で消しかけた命の伊吹を、震える手で確かめているのだ。
中々顔を上げなかったのは顔を見れなかったからで、震えて耐えていたのは、部下を殺しかけたという咎になのか。
「旦那」
一言そう言って、こちらは傷の具合など気にも留めぬように力いっぱい抱きしめ返した。
僅かに躊躇した幸村の気配を感じたが、そんなものは無視だ。
佐助が全力を振り絞ってもこの馬鹿力の主の体が音を上げることなどありえない。躊躇の理由は佐助の傷なのだろう。
だから遠慮なく腕に力を込めて、とくりとくりと脈打つ鼓動を確かめてやった。
感じる気配も、時たま漏れる嗚咽交じりの呼び名も、温かな体温も、全部幸村のもの。
ついこの間まで当たり前に存在していたものなのに、それが奇跡のように思える。
腕の中に在るこの人の全てに涙が出そうになった。
「あんたが無事でよかった」
震えそうになった声を押し止めてそう言えば、幸村が堪えきれなくなったように顔を上げて叫びだした。
「俺はっ…お前に何てことをっ…、傷を負わせるどころか、何度この手でお前をっ」
「でも生きてるけど?」
「たくさん傷つけた!」
「軽傷だよ」
「目も抉ろうとした!」
「両方揃ってるぜ?」
「首を絞めた!」
「その後あんたが呼び戻してくれた」
「何度も噛み付いた!」
「人の歯じゃ大した傷にはならねえよ」
「お前を刺したっ」
「俺がわざと受けたんだ」
「首も切ったぞっ」
「俺が渡した武器でな」
「……っう」
「あんたが気に病む必要はこれっぽっちも無い。…って言ってもあんたは悔やむんだろうけどさ」
笑ってそう言っても、幸村の表情が晴れることは無い。
目を真っ赤にして泣きながら、ひたすら己を悔いている。
何かこの人の心を軽くしてやれることは無いのだろうか?
答えを探して思案するも、名案はとくに浮かんでこない。
佐助に怪我を負わせたことを悔いているのだとすれば、それを無かったことにできるようなことをすればいい。
つまりは相殺。
ということは、逆に幸村を…。
「っていやいやそれこそ本末転倒…」
考えることすら恐ろしいことだ。
異常事態が何とか片付いた安堵感のせいで頭が馬鹿になっているらしい。
普段なら考えもしないような愚案を全力で否定すれば、幸村がはっと顔を上げた。
さっきの悪夢から未だにしっかりと抜け出せていない佐助は、咄嗟に周囲と幸村の様子に気を張ったが変な気配は感じない。
それに僅かに安堵すると、何か思いついた様子の幸村へ目を向けた。
そしてさっさとこの話題を切り上げておかなかったことを心底後悔する羽目になった。
「佐助」
「何」
「噛め」
「亀?」
「俺を噛め」
「はっ?」
「首、背、心の蔵。…何処でもいい。傷をつけろ」
ちょっと待て。
何やら幸村が恐ろしいことを言っている。
さっき己が考えてしまった愚かな案そのものではないのか。
もしかしたら考えてしまったからこその罰なのだろうか。
「無理」
「佐助」
「あ…ありえないから!」
全力で否定すれば、幸村が縋るような目で食いついてくる。
「お前の、その傷…」
「あ…うん?」
「首も目も心の蔵も、すべて人体の急所ではないかっ…!お前ほどの忍が…そのような場所にこうも多数の傷を付けられるなどっ、屈辱以外の何ものでもないだろう?!」
幸村は相当混乱しているようだった。
もう少し落ち着けば、自分の言っていることが無抵抗に徹した佐助の意志を無駄にしてしまうということに気付けたはずだ。
しかし精神的にも体力的にも疲労困憊のこの状態で、そこまで頭を動かせというほうが無理な話だ。
落ち着こうにもすぐ目の前には血だらけの佐助がいるのだから、見るたびに追い詰められしまうのも無理は無い。
だからと言って「抵抗しなかった俺の立つ瀬が無いでしょ」なんて告げれば、俺は何て身勝手なんだ、と嘆くのは目に見えている。
しかし幸村を噛むとか言うその案を是としてしまうわけにもいかなかった。
幸村が混乱していようが、罪の意識に苛まれていようが、どんな些細な傷でも幸村に負わせたくはないのだ。
佐助は何とか言いくるめようと口を開いた。
「別にこの程度の傷、屈辱とかそういうのは…」
「嘘を吐くな!」
「や、嘘じゃないんですけど」
「嘘だ!お前は傷は負っても首などには跡すら無いだろう!」
「そりゃ首は避けるに決まってるでしょ。一番殺し易い部位だし」
「そこに避けれぬ状態でいくつも傷をつけたのは俺だ」
「あんたじゃなくてあの変なのでしょうが。あんたはちゃんと避けてくれた」
「だがっ」
なおも言い募る幸村に、佐助はため息を吐いた。
思い込んだら一直線。
主の気質を実感できるのはさっきの今なので大変嬉しいのだが、その真っ直ぐな気性をもう少し別の何かに向けて欲しいのが今の本音だ。
「だからあんたの首に歯を立てろって…?冗談じゃない。想像するだけでこっちの寿命が縮まるよ」
「では背でもいいぞ」
「ああ“背中の傷は武士の恥”ってやつ?でもそれも駄目。あんたの背中は俺が守ってんだから」
「そうか…なら首でもいいか?」
「いや、だからさぁ…」
このままじゃ同じ問答を繰り返し続けることになる。
それを悟った佐助は、苦笑しながら幸村の片手を取った。
「爪か?」
「違う」
爪を砕いたことも気に病んでいるようだが、槍を握る主の大切な手を傷つけるつもりなど毛頭無い。
一言できっぱり否定して、その手を顔の高さまで持ち上げた。
そして甲をこちらに向けて、そっと顔に近づける。
「俺はこれで十分」
懇願のような思いを込めてそう呟いて、そのままその肌に唇で触れた。
以前一度やったように、じっと目を見据えたまま。
触れた体温は以前と変わらず己よりずっと温かく、感触は己の唇に凝固した血のせいで少しざらついた。
視線の先の主は、その双眸を見開いたまま固まっている。
それにふ、と目だけで笑いかけ、ほんの少し名残を残しつつ唇を離した。
「それは…」
幸村が言いかけて、先を続けられずに口を閉じた。
これはあの時試した忠誠の誓い。
言葉にしない思いを熱に乗せて届けた。

私はあなたのもの

とっくの昔に誓ったそれ。
あの時伝えれば馬鹿みたいに笑っていた。
今も、ちゃんと伝わったのだろうか。
「佐助」
「何」
「佐助、お前」
「うん」
何を言っていいかわからない様子の幸村が、くるくる表情を変えながら口を開けたり閉じたりしている。
顔はほんのり朱に染まっており、目はさっきの名残か涙が浮かんでいる。
そのまま何か言いかけては諦め、また口を開いては噤んで顔を歪めた。
結局幸村は泣き笑いのような表情を浮かべると、
「やはりっ…お前は男前だなっ」
なんてわけの分からぬ誉め言葉を口にした。
口調が少し悔しそうなのはどういったことだろうか。
佐助はその悔しげな誉め言葉に礼を言うべく、口の片端を吊り上げて、当たり前のようにこう言った。
「あんたの忍だからね」
男前なのは当たり前。
心の中で付け加えれば、幸村がくしゃりと顔を歪めて俯いた。
その勢いで、畳に水滴が散る。
「泣いてんの?」
「…誰のせいだ」
「……」
てっきり否定してくるものかと思ったのに、そう来られると対応に困る。
何も言い返せずに沈黙すれば、目からぼたぼた涙を零しながら幸村が顔を上げた。
「凄い涙」
「お前のせいだ」
「…そりゃ悪かったね」
そう言って止め処なく涙を流すその目にゆっくり唇を寄せると、頬を伝うそれを拭う代わりにぺろりと舐め取った。
抵抗するかと思われた幸村は、何故か動かず目を伏せた。
その目元にそっと唇で触れて、宥めるようにゆっくりと髪を梳く。
せめて涙が止まるまでは、そう己の戒めをほんの少し緩めて、預けられた体温を迷いなく受け止めた。
髪に絡ませた指をゆっくりと解き、そのままその手を頭に遣ってくしゃりと撫でる。
反対の手は腰に回して、己の方へと引き寄せた。
「止まった?」
耳元でささやけば、幸村の体がひくりと震える。
そして何か言いかけて、口を開くも結局は閉じてしまう。
そのまま答えを返すのを拒むように、佐助の肩へと顔を伏せてしまった。
顔を伏せた幸村はしばらくじっと動かなかったが、一度ぎゅっと佐助に縋った手に力を込めた後、息を落ち着けるように何度も深く吸い込んでは吐き、殊更ゆっくりと繰り返した。
そして息が整ってきたところでそっと顔が上げられた。
「止まったね」
目を合わせてそう言えば、不意に幸村が腰を浮かせた。
さっきまで見下ろす位置だった顔が、僅かに上になる。
外から差し込む炎の灯かりに照らされた精悍な顔は、いつもより男前具合が何割か増している。
こんなことを真面目に考えてしまう己は、やはり疲れているのだろうか。
そんな風に思っていると、目線の先の幸村の顔が近づいてくる。
「へ…」
喉から意識せずに掠れた声が漏れた。
頭の中が冗談抜きで真っ白になる。
けれど幸村は佐助の動揺をよそに、触れるほど近くまでくると目じりに散った朱をぺろりと舐め取った。
その感触に佐助が身を震わせると、今度はそのすぐ傍にある無事だった瞼へとそっと唇を押し当て、何でも無かったようにゆっくりと離れて行った。
「え…」
今度は困惑の声を上げた。
何も考えられない。瞼に残る熱で思考がうまく働かない。
普段では考えられないような出来事に呆然としていると、元の位置に収まった幸村がまたも頭を預けてくる。
それを条件反射のように受け止めれば、肩口でほうと息が吐かれるのを肌で感じた。
その感触に、ぞくりと肌が粟立つ。
「旦…」
意味も分からず何かを問いかけようと名を呼んだ瞬間。

「主殿っ!!!!!」

派手な音とともに障子が勢い良く開かれた。
この男にしては珍しく荒げた声に、己の思考が戻ってくる。
あと少しこいつが来るのが遅ければ。
その思いに、安堵と悔恨と何かがごちゃまぜになったようなものが込み上げてきたが、それに呑まれては忍の名が廃る。
きっぱりとその感情を切り捨てると、首をめぐらせて声の方向を見遣った。
すると煤と泥と血に塗れてぼろぼろになった才蔵の姿が見えた。
ついでにその後ろの方に突き立った幸村の槍の姿も見える。
「才蔵か」
幸村は佐助の肩から顔を上げて、才蔵を真っ直ぐ見てそう言った。
落ち付いた声音には動揺のかけらも見当たらず、凛と響いた。
しかし離れてはくれない。
他人が今の状態を見て、どう思うのか。
血だらけ半裸、傷だらけ。
何かあったには違いないのだが、何があったか分からないに決まっている。
才蔵は目に入った光景から状況を読み取ろうとしたようだが、ほんの少しだけ沈黙した後、状況把握を諦めたかの様に幸村へ安堵の表情を向けた。
「主殿、ご無事で」
「ああ、平気だ。…俺より佐助が酷い。すぐに手当てを」
そう言ってそっと佐助から体を離した幸村は、才蔵の後方へ目を向けた。
「朱雀か」
そっと名を呼べば、篝火の炎が強くなる。
その朱槍は幸村の私室の真ん前に突き立ち、廊下の板張りを見事に粉砕していた。
「豪快なことやったな…」
「いや、俺じゃない」
才蔵の暴挙に内心呆れれば、本人から否定の声が掛かる。
才蔵がやったのでなければ、一体誰が突き立てたのか。
「朱雀自身だろう」
答えたのは幸村だった。
己の武器のことは、本人が一番分かっているということだろうか。
しかし普通槍は自分で動いたりしない。
不思議に思って幸村を見遣れば、穏やかに笑って先が続けられる。
「さっき朱雀の炎を感じたからな。助けに来てくれたのだろう」
そう言って笑った幸村の声にこたえる様に、篝火がまた一層強く燃え上がる。
「俺の手から独りでに飛び出して行ったぞ」
「うっそ凄っ」
こっそりと耳打ちされた驚きの事実に声を上げるも、見上げた忠義ものには違いない。
流石真田幸村の槍よと賞賛の眼差しを送ると、ふと甘い臭いが鼻をついた。
ずっと気になっていた香の臭いだ。
「ところで才蔵。この臭いは?浄めの香でも焚いたのか?」
「いや…これは」
何故か少し言い淀んだ才蔵は、申し訳無さそうに幸村に頭を下げた。
「申し訳ございません主殿。…この臭いは妙ちゃんのものなのです」
『は?』
二人同時に素っ頓狂な声をあげると、才蔵は悲しげに先を続けた。
「私の手から独りでに飛び出し、燃え盛る炎の中へ…」
「ええっ?!じゃあこの臭い妙ちゃんが燃えてる臭いなのっ?!」
「そうだ」
「かなり良い臭いだと思…っあ!」
そこで佐助は思い出した。
あの不気味な露天商の店主が言っていた一言。
“こりゃ香木で出来た高級品ですよ”
まさか本当に香木で出来ていたとは。
しかし確かめるには削り取って熱を加えないといけない。
幸村からの贈り物の一部を削って使うなんて出来るわけないため、今までそんなこと考えたこともなかったのだ。
「うっわぁ…」
あまりの恐ろしさに愕然としていると、いきなり幸村の快活な笑い声が響いた。
『…??』
今度は才蔵と二人で不思議そうな顔をしていると、嬉しそうに幸村はこんなことを言った。
「そうか!あのお守りはしっかりと役目を果たしてくれたのだな!」
『…は?』
何故ここで役目なんていう言葉が出てくるのか分からない。
妙ちゃんには確かにお守りと言っていい不思議な効果はあれど、本来の役目は観賞用の置物だ。
たとえ珍妙な顔と言えど、置物としての役目以外なかったはずなのだが。
「…旦那?お守りって何?」
「ん?店主が何やら申しておったのだ」
「な…何を…?」
恐る恐る尋ねれば、幸村は何でもないことのようにこう告げた。
「願い事をすれば叶えてくれるものらしくてな。確か…店主は依り代の何とかを根底に、手を加えて…とか何とか申しておったような?せっかくだからお前達の無事を願って置いた」
『………!!!!』
佐助と才蔵はその場に崩れ落ちた。
どうりで相次ぐ幸運が起きるわけだ。
なんてことは無い、幸村が願ったのだ。
神様に。
あれだけ不思議に思っていたのに、蓋を開けてみればこういう理由だったということだ。
そして今のこの状況。

“俺らを守ってくれるぐらいならさ…、真田の旦那守ってよ”

佐助と才蔵が、以前願ったあの一言。
妙ちゃんはそれもしっかり叶えてくれてしまった。
「どうりで俺だけ動けるはずだ…」
才蔵がぽつりと呟けば、ぐったりとした顔で佐助が答える。
「やっぱ動けたのお前だけか…、あとの連中は?」
「意識不明のようだ」
「あ、そう」
ぐったりとした様子で言葉を交わす二人を不思議そうに見ていた幸村は、良く分からないながらもいつになくまともなことを言った。
「そういった報告は後にすれば良い。早く手当てをせねばならんぞ」
「ああ…そうっすね」
佐助は力無くそう答えて、ゆっくりと身を起こした。
己の見た目と傷も酷いが、幸村の口の傷が気になるところである。あれだけ話せればそこまで深い傷ではないはずだが、血の量が酷かった。己の手当は後回しにして、先に幸村を見るべきか。
「さて」
一言つぶやいて、疲労の溜まった体を無理やり起こした。
後はもう、各々の体を癒すだけである。
まだ今回の騒動について調べなければいけないことは山ほどあるが、今は手当てが先だ。
佐助は幸村を見やると、裂けた口の傷の方へ視線を動かした。
しかし口許へ向けていたはず視線は、あっけなくその動きを放棄した。あの強烈な視線がこちらを向いているような状態で、そこに目を遣るなと言う方が難しい。
半ば強制的に視線を持っていかれ、幸村と目がかち合う。
「言っておくが、お前の手当てが先だ」
こちらの考えを見通していたような事をきっぱりと言われ、これには佐助も苦笑するしかなかった。
やっぱりこの人には敵わない。
































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お互いの無事を確かめあう二人。
気を抜けばこの二人がくっつくくっつく…。
なんど書き直したか分かりません。
そして良いのか悪いのか良く分からないタイミングで飛び込んできた才蔵。
この人がいてくれたおかげでストッパーになりました。
そういう意味でグッジョブ才蔵。

これで闇炯は完結です。
お付き合いいただいた方々、どうもありがとうございました。
(08.10.4)










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