その日幸村はなかなか眠気が訪れなかった。
いつもなら夜の10時くらいには眠くなるはずなのに、今日はまだ11時を過ぎても目が冴えている。こういう時は無理してベットに入らずとも、眠くなるまで起きていればいい。
そんな考えで自室でぼんやり座っていると、不意に外に気配を感じた。とても馴染み深い気配だ。
幸村は座っていたソファから降りると、部屋の電気を消し、そのままベットへ上がり込んだ。そして窓を開く。
「よ、旦那」
「佐助」
窓の外には、いつもと変わらぬ飄々とした態度で男がのんびりと座っていた。恰好は今日学校からの帰り道で別れた時のままの、見慣れた学生服。
手ぶらなことから一度帰ったことは分かるが、着替えてはいないらしい。
「お前…来るなら玄関から来れば良いものを。お前ならうちはいつでも大歓迎だぞ」
「いや、まぁ…それだとあんたと話す暇無くなっちまうから」
何故か真田家で佐助は妙に人気があった。家に来るたびに家族総出で大歓迎となり、母はいつもにも増して凝った料理を作って、父は酒を勧める。そして兄が「佐助はまだ未成年だよ」とたしなめて、幸村に酒をすすめ始める。ここで佐助が「旦那も未成年です!」と突っ込むのがお約束になっていた。
確かに玄関から来ていれば幸村と話す暇もなく家族につかまってしまうだろう。それならこうやって窓からやってきたのもある意味正解かもしれない。世間一般では常識外れかもしれないけれど。
「それに時間も時間だしね、…まぁ起きてるとは思ってなかったけど」
「今日は何故か目が冴えていてな」
幸村は答えを返しつつ、もし幸村が既に寝ていたら佐助は一体どうしたのだろうと思った。
佐助の事だから、もしかしたら朝まで待っていたかもしれない。
「仮に寝ていても起こせよ。…二三発なら許す」
「何言ってんのあんたは…」
佐助は本気でげんなりした顔をして、ひょいと肩を竦めて見せた。例え佐助は幸村が許したとしても、非常事態でもない限り手を上げたりはしないだろう。それくらい幸村にも分かっている。
「まぁ良い、どうかしたのか?」
話を切り替えるようにそう告げると、佐助は一瞬きょとんとした顔をした。
「え、いや…大した用事でもないんだけど。その、ぶらっと顔見にきただけっつーか」
「明日も学校だろうが」
「うん、そうだね」
佐助は静かに笑って返してくる。けれど、佐助がこんな時間にやってくるからには、それなりの訳があることくらい分かっていた。伊達に何年も一緒に居た訳ではない。
多分理由は、この前幸村が消えたことが関係している。
ほんの一瞬の向こうの世界での邂逅ではあったけれど、こっちでも同じだけの時間が流れていた。佐助からしてみれば目の前から幸村が消えて、探そうにも行先すら見当が付かなくて、それはもう混乱しただろう。戻ってきたから良いものの、あのまま消えていたら佐助はどうしていたか。
その混乱の度合いを表すように、佐助はあれから時折不安げな目で幸村を見るようになっていた。
そして今も。
「まだあれを気にしているのか」
「気にしない訳にはいかないだろ?目の前でいきなり消えられちゃあいくら俺様でも驚くっての」
「しかしあれからあんな風に消えたことはないだろう」
「でもまだちょくちょく世界がぶれるんだろ?」
「…ほんの少しだけだ」
「ほんの少しでも、だよ」
そう答えた佐助の表情は硬い。こういう時、佐助が考えるであろう事が最近分かるようになってきた。
多分今考えているのは幸村が死んだ時の事。
こんな平和な現代では早々死ぬような事態に陥ったりはしないけれど、幸村がこの間佐助に話したぶれた先の世界。あの戦国ではそれもありうる。事実、幸村は学生服のそで口に小さな刀傷を作って帰って来たのだ。
佐助が幸村の死を連想しないはずがない。
過去で幸村達が生きていたあの時代で、一度起きた幸村の死。
佐助にとっては主を死なせた嫌な記憶として残っているであろうそれが、もう一度今の生でも繰り返されたとしたら。
その可能性は今までずっと低かったのに、あの妙な現象のせいで幸村と死の距離はいきなり近くなってしまった。佐助は今それを心配しているのだろう。
それを考えれば、佐助がこんな風に会いに来たのも分からなくもなかった。
顔を見れば安心するというのは誰でも同じことだろう。
しかし佐助の記憶にしっかりと刻まれているであろう自分の死の瞬間を、幸村自身はあまり覚えていない。
意識は朦朧としていたし、体も限界だっただろうからだ。
かろうじて覚えていること言えば佐助がすぐ傍にいたことと、首を任せたこと。その二つだけだ。
何を話したのかも覚えていないし、幸村が死ぬ直前に佐助がどんな表情をしていたかも覚えていない。悲しんでくれたであろうことは想像できるが、記憶として残っていないのだからそれはあくまで想像の話だ。
けれどそういった自分の死に関してのことは別に覚えていなくても良いと思っているし、もともと今を生きる身で過去の生を覚えているという時点で異端なのだから、無理をして思い出したいとは思わない。
しかし、気になることはある。
それは佐助の事だ。
幸村が死んだあとの世界で、この忠義に厚い男は一体どうしたのだろうか。
出来れば幸せな人生を歩んでいてくれていれば良いと思っているが、この男からそういった話は聞いたことがない。
何度も聞いてみようかと思った。“俺が死んだあと、どうしたのだ?”と。
しかしそんな短い言葉で問いかけるだけなのに、その言葉がどうしても口に出せなかった。
口にした瞬間に何かが壊れてしまいそうで、その壊してしまいそうな何かというのが、佐助の心にある傷を深く抉るような行為の気がして、どうやっても聞けないのだ。
だから今も聞かない。佐助がどんな風に生きたかは聞かない。
けれど一つだけ、知りたいことがある。
「佐助」
確かめるようにその名を呼ぶ。
これは一種の幸村の癖だ。何かを問おうとする前、しようとする前、行動を切り替える前。その時に、名前を呼んでしまう。佐助が相手の時は特に。
その空気を敏感に感じ取ったのか、佐助はひたりとこちらに目を合わせてきた。日は完全に沈んだこんな時間だというのに、道を照らす街灯のせいで佐助の表情が良く見える。考えの読み取れない静かな表情だ。
その顔に向かって幸村は手を伸ばした。相手は外にいると言っても、壁一枚を隔ててすぐ傍だ。これくらいの距離はすぐに埋められる。
伸ばした手は振り払われること無く、佐助の頬を滑っていった。本来なら他人に触られるのが大嫌いなくせに、幸村にはこういった接触を許す。特別な存在だと言われているように思う瞬間だ。
「聞きたい事がある」
「何」
佐助の答えは簡潔だ。だから幸村も短くまとめた。
「自分が死んだ時のことを、覚えているか」
幸村が聞きたかったのは、佐助の死の瞬間。
忍の運命の通りどこかで人知れずその命を散らしたのか、それとも幸村の願いどおり、床の上で安らかに逝ったのか。
出来れば後者であれば良い。そんな願いを抱いての問いではあったが、佐助から返された回答はとても気の抜けた中途半端なものだった。
「…微妙」
「微妙?!」
思わず幸村は素っ頓狂な声を出してしまった。問いかけるのに結構勇気がいった上、口に出してからも内心はらはらしていたのに、その答えが『微妙』ときたか。
どんな答えでも受けとめようと腹に溜めたこの気合いの行き場をどうしたらいいのか分らない。
そんな風に幸村が困惑していると、佐助ののんびりした声が響いた。
「いや、そんなびっくりしないでよ。何かあんたが死んでからの記憶が曖昧で…」
「…!!!」
動揺するつもりはなかったのに、幸村はびくりと震えてしまった。佐助なら目でも確認できるような動きだろうし、今現在幸村は佐助に触れている。気づかれないはずがない。
こんな反応してしまったら、幸村がこの話題を必死になって気にしないように努めていたことが丸わかりだ。
「う…その」
何とか誤魔化そうと口を開くも、曖昧な唸り声しか出てこない。
やばい、どうにかしないと。
こういう時頭の回転の速い佐助ならもっと気の利いたことを言えるだろうに、口下手な幸村にはそんな真似は出来ない。せめて何か他の話題に話を逸らすことが出来れば良いと思うのに、正面突破が性の幸村にはそれすら無理だ。
「佐助っ」
焦りに焦ってついつい名前を呼んでしまった。
呼ばれた本人は「何?」とでも言うようにこちらを見ている。もうしっかり聞く体勢に入ってしまっているようだ。
こうなったら、何か、何か言わなくては。
混乱に混乱を重ねた幸村は、心の赴くままに思い浮かんだ言葉をそのまま佐助に向かって口にした。
「もう、俺はお前より先に死んだりしない、からな」
「………。」
その言葉を受けた佐助は、目を見開いて固まった。何か意表を突くようなことを言ってしまったらしい。
しかし幸村にはそれに気付く余裕もなく、なおも続けた。
「その、あの妙な現象は完全に収まってはいないが…無茶な真似はしないし、お前を置いて死ぬつもりもない故、そう心配するな」
ややしどろもどろになってしまったものの、言った言葉を違えるつもりはない。
目を見てきっぱりと言い切った最後の言葉も、確かに佐助に届いたと思う。
これは幸村の約束だ。
「わかったか?」
確認のために佐助へそう問いかけてみれば、なぜか佐助はさっきまの硬い表情はどこへやら、何とも楽しそうな顔で幸村を見た。
そして何を言い出すかと思えば、これだ。
「それ、愛の誓いみたい」
「なっ…!」
今度は幸村が固まる番だったが、言い返そうとしたところで佐助がいきなり立ちあがった。
一瞬帰るのかと思ったが、背を見せること無くこちらに身を乗り出してきたことから違うと知れる。
「さ、佐助?」
名を呼び終わる頃には、佐助の顔はすぐ目の前にあった。
「旦那」
「あ、ああ」
吐息がかかるような位置に、佐助の顔がある。
それを意識した瞬間、何故か鼓動が跳ねた。
「俺も一つ決めてあるんだ」
「…何を?」
問いかけた瞬間、佐助はほんの僅かに笑んで答えた。
「あんたは俺が、死なせない」
「……。」
響いた声が酷く切実で、幸村の考えが及ばないほどの何かを含んでいる気がして、一瞬言葉に詰まってしまった。
本当はすぐにでも答えを返したいのに、同じだけの思いを込めた言葉がどうやっても思い浮かばない。
せめて、何か別の方法でもあれば良いのに。
そんな幸村の逡巡は、ほんの短い時間でどこかへ吹っ飛ばされてしまった。
今でも十分近くにあった佐助の顔が、さらに近付いて来たからだ。
「さす、…ん」
咄嗟に呼ぼうとした名前は、佐助自身によって遮られた。
口を塞ぐように、ゆっくりと押しつけられた熱。
柔らかいと感じて、温かいと感じて、すぐ近くに感じる呼気を熱いと感じて。
「………っ」
その熱を意識すれば締め付けられるような思いが胸を満たしそうになり、その苦しさに思わず胸を抑えた。
そしてゆっくりと離れてゆくその動きを目で追ってしまい、視線は佐助の唇を辿った。
今、自分はこの唇と。
そう思った瞬間、さっきよりももっと大きく鼓動が跳ねた。それはもう心臓が口から飛び出してきそうな勢いで。
「さ…ッ!!ささささささッ」
「わ、真っ赤」
「いいいいいい今っ、今っ何…」
「キス」
「ち、ちちち違っ」
「あー…接吻?」
「そうじゃなくっ」
「ちゅー?」
「〜〜〜〜〜っもういい!」
幸村が聞きたいことなど佐助にはお見通しだろうに、答えを返してくれない姿は酷く意地が悪い。
普段の幸村なら“どうしてこんなことを?”と真正面から問い詰めるところだが、問いを口にしようにも動悸息切れが酷すぎて呼吸さえままならない。
どくどく脈打つ心臓は命に関わりそうな速さで動きまくっているし、呼吸は目の前が暗くなってきそうなほど荒くなってしまっている。つい今佐助に「死なせない」と言われたところだというのに、これでは死ぬ死なせないとかの前に、まず佐助自身に殺されてしまいそうだ。
「う、嘘吐きめ…」
「いきなり人を嘘吐き呼ばわり?」
「黙れこの破廉恥っ」
まだ結構な至近距離にいる佐助の顔をべちっと叩くように覆えば、くぐもったうめき声が上がった。手加減したとは言え、顔面を叩かれればそりゃあ痛いだろう。しかし伺いも立てずにあんなことをしてきた相手にそんな気遣いなどしてやる義理はない。
行動に移す前に一言あったらあったで結果は同じような気もするが、礼儀としてそれは必要なことだと思うのだ。
「そうでなくては心臓がもたんっ…」
まだ唇に残るあの感触から意識を逸らそうと、必死で文句を口にすれば、佐助が笑ってこちらを見ていた。
「何だ、その顔は…っ」
「いや、何でもないよ」
そう言われても、それで納得できる訳がない。
こういう含みのある笑顔は佐助の十八番だが、幸村に向ける時はただの作り笑顔なんてものではない。
「佐助」
「ん?」
「誤魔化すな、言えっ」
未だに忙しない鼓動の報復も含めて恨みがましい目で告げれば、軽く笑って佐助は思っていたよりあっさりと口を開いた。
「俺って案外単純だと思って」
「単純…?」
その言葉は佐助というよりも幸村に当てはまる気がする、などとうっかり自分でそんなことを考えていれば、佐助はまたも幸村に止めを刺すような言葉を口にしてきた。
「キス一つで浮かれてる」
「………っ」
聞かなければ良かった、と幸村は思った。
顔に熱が集まってくるのはもうどうしようもないし、鼓動もさっきよりも明らかに早くなる。それを落ちつけようと顔を俯けると、くしゃりと頭を撫でられるのを感じた。
佐助の手だ。
「さっきからあんた、顔真っ赤だよ」
「…誰の、せいだとっ」
やはり佐助は狡い。さっきから必死に考えを逸らそうとしているのに、こんな風に触れられれば考えずにはいられない。
佐助はどうして幸村に口づけたのか。
そして幸村が、それを不快に思わなかったのは何故か。
そんなこと、考えるまでもなくもう分かってる。
けれどずっとその感情に名前を付けるのはどうしても出来なくて、ただ漠然とこの男を大切だと思うままにしていて。
それをあんな風に佐助から壊すとは思ってもみなかった。
このタイミングで、あんな言葉と一緒に。
無理やり冷静に考えてみようとすれば、多分佐助は何かしらの方法で関係を深くしておかなければ不安だったのだと思う。
死なないと約束しても、それだけじゃ足りなくて、何か証のような何かを求めて。
ぶれた先の世界へ佐助も共に行っていたならこんなことにはならなかっただろう。
もっと緩やかに二人で過ごして、いつか、こんな風にどちらかが距離を狭めようとしていたかもしれない。
けれど佐助は残された。
だから佐助はこんなにも突然に、消えない痕を残すかのように幸村に踏み込んできたのだ。
決定的な言葉を告げる訳では無く、ただ幸村に自覚を促すような狡いやり方で。
「俺は…」
咄嗟に漏れたその声は、情けないほど掠れていて頼りなかった。
無理やり形にされてしまった慣れないこの感情は歯止めが利かなくて、訳も分からず叫びたくなる。
けれどどれだけ押しとどめようにも、坂道を転げ落ちるような勢いで加速していく。
声が聞きたくて、触れてほしくて、触れたくて。
これは浅ましい欲だ。
そして、止めようもない恋情だ。
胸が締め付けられるようなこんな感情に、まだ名前をつけたりしたくはなかった。
「佐助」
「うん」
泣きたくなるような思いで顔を上げれば、頭を撫でていた佐助の手が離れていった。
その熱が惜しくて、足りなくて、感情のままにその手を追いかければ、行き付いた先は手ではなく胸倉をだった。
そのままただ衝動的に、力任せに掴んで引き寄せる。
「え、なにっ?」
目を白黒させている佐助を無視して、そのまま部屋に引き込みそうな勢いで引き寄せると、言葉を遮るように躊躇なく口づけた。
佐助が息をのむ気配がする。
しかし放してはやらない。
こういった行為は今も昔も変わらず不慣れだが、さっきの佐助の仕草を真似れば案外上手くいったようで、ぶつかると思った唇は触れるという表現に収まる範囲内だった。
そして触れてしまえばやはり感触は柔らかくて、感じる熱は温かくて心地良い。
ずっと気付かない振りをしていたけれど、もう認めてしまおう。
好きなのだ、この男のことが。
何を考えているのか分らなくて、絶えず飄々としていて、けれど幸村にはどこか優しくて。
笑った顔とか、困った顔とか、時折見せる真剣な顔だとか。
もう駄目だ。
認めてしまったら、もう駄目だ。
好きだ。
思うだけで泣きたくなるようなその言葉が、じわりと体に沁み込んでくる。
勢い任せに押しつけるだけだった唇は、佐助が動いたことで少し深くなった。
緩くうなじを辿ってくる手の感触すら心地よいと感じて、掴んだままだった胸倉を放して代わりに佐助の肩へと手をやった。
そのまま捉えるように指へ力を込めようとして。
「……っ」
そしてそのあたりで幸村の体が限界を迎えた。
まず頭から弾けそうだ。
開き直ってやってはみたものの、鼓動はどうやっても収まってくれず、今にも死にそうなほど早鐘を打っている。息は止めているし、頭もくらくらしてきた。
これがあと少しでも続けば、必ず幸村の意識は飛ぶ。
そんなしたくもない確信を覚えた幸村は、持前の腕力を駆使して無理やり佐助を押しのけた。
「…す、すまんっ。おおお俺には、こっこの辺が限界のようだ」
荒い息のままくらくらしながらそう告げれば、自分の顔に熱が急速に集まっていくのが分かった。顔から火が出そうなほど熱い。
火が出そうというのは比喩では無く、幸村なら実際にありうるというのが怖いところだ。
「旦那…」
「な、何も言うな。限界というのは誇張じゃない」
「でも」
「いいいいいから、今日はもう帰れっ」
顔どころか全身から火が出そうなほど熱くて、心臓はさっきから無駄に働きまくってて、なりふり構わず幸村は窓に手をかけた。
そしてカラカラと音を立てて閉める。
自分でも酷いことをしているとは思うが、今は火事の危機が迫っているのだ。あと自分の命の危機も。
意外と重いものとを天秤に掛けて下した決断がこれなのだから、今はとりあえず時間が欲しい。乱れに乱れた感情はまだ熱を上げているし、それを下げるには佐助が居ては駄目なのだ。
だから、すまん!
心の中でそんな風に幸村が詫びていれば、外からため息交じりの声が聞こえた。
「…それじゃ、また明日」
肝心なところで必ず幸村に負けてくれるその声に釣られて顔を上げれば、佐助が窓越しに手をひらひらと振って去っていくのが見えた。
その顔は今まで見たこと無いような表情で、夜の闇の中でも分かるほど赤かったように思えた。
何故か勝ち誇ったような気分になるのが不思議だが、明日の朝顔を合わせることを考えればその気持ちはどこか遠くへ吹っ飛んで行く。
本当に、明日の朝どんな顔をして会えばいいのか。













しかし幸村は、次の日佐助の目の前で姿を消す羽目になる。
登校途中の、朝の挨拶の真っ最中。寝不足と緊張でいつもよりぎこちない「おはよう」を言っているその最中に、学生鞄だけを残して。













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幸村がなかなか出てこないので、甘さに飢えて佐幸になった話。
これでも2000文字以上削りました。

(09.5.19)