突撃の合図として、元親はどでかい砲弾を陣の真正面から打ち込んでやった。
もともと巨大な大砲を乗せた軍船をこれ見よがしに見せつけていたため、何らかの対策は取っていたのだろう。
蜘蛛の子を散らすような勢いで人が退避していくのが肉眼でも確認できた。
元親の目的はそれだった。
初めから兵の削り合いなどはするつもりがないので、大砲では人が散らせればそれでいい。
邪魔な人垣を壊すように進んで、そのまま大将まで進めればいいのだ。
「野郎共、俺に続けぇっ!」
「へい!アニキ―ッ!」
頼もしい返答をを背に受け長槍を振りかぶりつつ突撃を始めれば、勢いに呑まれた敵兵が怯んだのが分かった。
こんな前線に配置されている兵は、訓練もそう多くは積んでいない農民が多いのだろう。しかしそれよりも、身に付けた具足から所属がザビー教では無く毛利軍のものだと分かる。
これなら抵抗は強くないはずだ。
「おうてめぇら!同盟国相手に酷い真似しやがるじゃねぇか!!」
大声でそう叫べば、その声だけで僅かに敵の剣先が鈍るのが分かった。
この間ザビーに攻め入られたこの中国に救いの手を伸ばした長曾我部軍の記憶はまだ本人たちの中にも残っているのだろう。たとえ今は敵対していようとも、恩義を受けた相手に剣を向けることを快く思っていないようだ。
「邪魔をすんじゃねぇっ!こっちはお前らの大将に用があるんだよ!」
怯んだところを遠慮なく蹴り飛ばすと、ひたすら奥を目指して走る。
長曾我部軍の大将がこんな風に先陣を切って突撃をかましているのだから、敵からしてみれば良い的だ。元親の首さえ取れば勝ちが確定する。それを狙わない馬鹿はいない。
しかしそれは元親の立てた作戦だった。
元親のもとに戦力を惹きつけている間に、別働隊が元就を押さえるのだ。
その別働隊を手引きするのがあの忍の任務である。しかも、姿は毛利元就で。
敵の大将が二人いれば、それはもう敵陣は混乱するだろう。
普段の毛利ならすぐにどちらが本人かなんてばれてしまうだろうが、あのサンデー毛利なら周りの人間は判別付かないはずだ。何せ本物が一番おかしいから。
だから元親は出来るだけ派手に動いていればいい。
大将自ら囮を買って出るという暴挙も甚だしいこの作戦に、家臣一同口を揃えて反対したが、何とか説得して今に至る。そのせいか今元親の周りを固めている側近たちは、肉眼で闘志が確認できそうなほど熱く猛っており、普段よりも三割増しで頼もしく見えた。
「お前らあんまり無理すんじゃねぇぞっ」
長槍を振るって敵を薙ぎ払いつつ声を掛ければ、元親と同じくらいの人数を屠りつつ「それは、こちらの台詞ですぜっ」などと返してくる。
本当に頼もしい部下達だ。
「それじゃ一気に突き進むぜ!遅れんなよ野郎共!!」
「へい兄貴―ッ!!!」
常と変らぬその声援を受け、元親は前に開いた道を勢いのままに疾走した。
飛びだしてくる敵兵は長槍でふっ飛ばし、それすら面倒な相手には走るついでに蹴っ飛ばして前進した。海の男の脚力を舐めないで欲しいものだ。
一つめの門は初めにお見舞いした砲弾のお陰で綺麗に壊れていた。粉々に砕け散った木片が鬱陶しくもあるが、その辺りは気にせずひたすら進む。
毛利が得手としているのは海戦と、弓兵を使った実に鬱陶しい戦い方だ。遠方から放たれる雨のような矢は致命傷にはならずとも、確かな手傷を与えてくる。
しかし今回はその弓兵の姿が少なかった。
作戦前に忍が言っていた「余裕があったら適当に戦力削っときますんでー」という発言はこれのことなのだろう。そこらに落ちている弓を見ていれば、鋭利なもので傷をつけられているのが確認できた。
あの忍が狙ったのは弓兵ではなくその弓の方だったらしい。まだ弦の方が切られただけなら修復も難しくはないが、弓に切れ目を入れられては引くことすらかなわない。なかなかいい手だ。
その上指揮系統も混乱している。
今の毛利軍は九州から連れてきたザビー教の人間と、もともと中国に残っていた洗脳されていない毛利の人間が入り混じっている。この状態で統制のとれた動きが出来るはずがない。
ザビー教の人間は狂信的なまでに得物を振りかぶって突撃してくるのに対し、毛利の人間は今のサンデー毛利に否定的だ。むしろ元親の方へ与すれば国主をこんな風にしたザビー教と真っ向から戦えるのでは、なんて考えすら抱いている者も大勢いる。
そんな統制のとれていない烏合の衆を相手に、団結力に関しては天下一と豪語出来る長曾我部軍が遅れを取るはずがなかった。
そんな時に、大きなどよめきが上がったのは毛利の本陣のど真ん中からだった。不安げなその声は周囲へ伝染し、斬り結んでいた相手の剣先までも鈍らせる。
これは別働隊が毛利を押さえたか。
元親はそう思った。しかしだからと言ってまだ武器を収めるには早い。敵方を投降させるためには上からの声が必要なのだ。その声が掛かるまでは下っ端は戦い続けなければいけない。
そこへ頃合いを見計らったかのように、空へ何かが打ち上げられた。
忍からの合図である。
「おうてめぇらっ良く聞きやがれ!大将の毛利元就は俺たちが押さえたぜ!とっとと武器を退きな!!」
威勢良くそう告げれば、相手の勢いは更に弱まった。
敵の言葉を鵜呑みするわけにも行かないからこその躊躇だろうが、今の元親の言葉が嘘かどうかは本人たちの方がよく分かっていることだ。そう間を置くことなく武器を下し、次々降伏の姿勢を取り始めた。
しかしここで意外だったのが、真っ先に剣を収めたのがあのザビー信者だった事だ。
最後まで抵抗するかと踏んでいたのに、「我々にはザビー様が付いて下さっている…」などという呟きとともに、次々武器をおろし始めたのだ。
はっきりいって気持ち悪い。
しかし元親はこの時感じた違和感をそれほど重くは受け止めなかった。
ほんの僅かに己の中の警鐘が鳴り響いたというのに、それを気のせいで片づけてしまったのだ。
そしてその小さな過ちを、後から痛いほど思い知らされることになる。
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佐助と幸村が出てこないと文字数が増えないこの不思議。
(09.5.16)