薄暗い建物の内部は雑然とものが散乱していて注意して歩かないと何かにぶつかってしまいそうになる。隠密行動中に大きな音なんて立てれば居場所を教えているようなものだ。
佐助は慎重に歩を進めつつ、辺りを窺った。
やたらと広いこの場所は何かを製造している工場のようなところらしく、佐助が身を置いている四国でも似たような場所を見たことがある。元親から聞いたところによると、あそこは軍で使用する兵器を製造している場所で、繊細な機械を扱うところだからちょっと部品が壊れたり無くなったりすると大変なことになるらしい。だから慣れないうちは近づくな、と釘を刺された。
もちろん素直に従うような佐助ではないので、持前の技を駆使して見学しにいった。邪魔にならないようにこっそりとちょろちょろしていれば、どの場所も見慣れない形の工具で溢れていて、丁度ここのように油の匂いが充満していたと記憶している。
ということは、ここも似たような目的の場所なのだろう。
残念ながら機械類には詳しくないが、記憶力は良い方なので見れる限り見ていく予定だ。さっき探ってきた一般的な軍の情報は既に頭に入れてあるので、後はこの良く分からない兵器関係だけである。
佐助は物の散らばった広い空間を記憶しながら慎重に走り抜けると、がっちりと施錠された扉へと近づいた。見た目からして中に大事なものが入っていそうな雰囲気だ。
その鍵の掛った扉を一瞥すると、佐助はそのまま天井へと飛び上がった。思ったとおり天井には僅かに隙間があいている。鍵をわざわざ開けなくとも中に入れそうだ。
人間一人が通れるような隙間など、忍の一小隊が通れると同じと考えても良いため、佐助はいとも簡単に体を滑り込ませて続きの部屋へと忍び込んだ。
もともと人の気配がしないことは確認しているのでその点を心配する必要はない。心配なのは仕掛けられた罠の方だ。たとえ人の気配が無くとも、無人で作動する罠などは其処ら中に張り巡らされてある。今だって着地した瞬間に足下からざくり、何ていうことも起こりうるのだから、出来うる限り慎重に足を進めた。
しかしだ。
そんな風に真面目に罠を警戒していたというのに、中の光景を目にした瞬間佐助は本気で叫びそうになった。
部屋には照明など一切なく、通気口が小さく空いているだけで光源など一切ない。忍の目だから見通せるのだ。
しかしこの時ばかりは無駄に優秀なその目を呪いたくなった。
視界を埋め尽くす大量の人影。
これが人ならまだ良かったものの、これは人では無く無機質な機械。
そしてその姿は。
「これ、…ザビー??」
隠密中だというのに思わず問いかけを口にしてしまうほどの、大量のメカザビー。
あの変な教祖の形を模した機械がずらりと静かに整列している。
しかもその一つ一つがでかいため人に与える圧迫感が半端じゃない。その上ちゃんと服を着せてもらっているので、かなり本人にそっくりだ。…はっきり言ってとても気持ち悪い。
出来ればそこで回れ右して逃げ出したかったが、戦力を調べろと言われて「気持ち悪い機械のザビーがたくさんありました」なんていう報告ではその辺の二流忍者と同じになってしまう。
兵糧も人員も馬も武器も船も火薬も他にも色々きっちり調べたが、兵器だけそんな杜撰な調査で終わらせるのも癪だ。
佐助は嫌々ながらも頭を切り替えると、声には出せないので心の中で断りを入れながらそーっとそのメカザビーに近づいた。
近くで見れば部品がむき出しになっている部分が良く見えて、さっきよりもまだ気持ち悪くはない。ただ、その兵器がどれだけ物騒なものかが分かった分、別の意味で嫌な気分になった。
詳しい構造は分からないが、前腕のあたりに取り付けられているのは明らかに銃器の特徴を表しているし、もう片方の腕は刃物が内臓されているように見える。しかも触った感じがどうにも頑丈で、人の腕力で斬り付けてもそう簡単に壊れはしないであろうことが予想できた。
もっとよく調べるために裾の長い法衣のような服をそーっと脱がせると、第三者から見た自分の様子を想像してしまいちょっと泣きたくなった。しかしそこは頭を切り替えて作業は続ける。
この兵器の胴に当たる部位を見てみると、人間でいう肝臓くらいの位置に一際細密な部品があるのを確認できる。武器とは形状が違うので少し触れてみると、僅かに動いた。どうやらくるくると回転する作りになっているらしい。
その他にも様々な部位をなるべく詳細に記憶すると、佐助は全てを元通りにし、今度は全体の把握に仕事を移した。
一つ前の部屋と違い、この部屋には余計なものが置いていない。あるのはこのとても気持ち悪い人型兵器数十体だけだ。数を細かく数えれば二十二体。見た目の不気味さに加えて兵器としての恐ろしさまで威力十分だ。
出来ればこれの構造が分かるようなものさえあれば良いのだが…。
そう佐助が思った瞬間、ひとつ思い出した。
この工場へ忍びこむ前に見つけた一つの文書。殊更保管を厳重にしているものだから、ついつい手に取って見てしまったのだ。
それが確か独特な画法で描かれたザビーの肖像画だったと記憶している。教祖の絵なんてものをこんな風に厳重に保管するとは、なんて馬鹿な集団だろうか。と、その時は呆れてしまったが、あれが肖像画ではなくこれの設計図だったというのならそれも分かる。
そして幸運なことに、まだその内容を覚えている。
意味の分からなかった文字ですら一応記憶はしてあるので今なら書き出すことはできるだろう。
ということは、さっさとその作業ができるような安全な場所まで移動しなければいけないという事だ。
つまり、後はここから逃げ出すだけである。
その瞬間、頭の中に“帰らなければ”という言葉が浮きあがってきた。
敵地から立ち去るという行動をこんな言葉に関連付けていたなどと、今になって初めて気づいてしまった。
帰る、帰る、帰る。

一体、どこに?

今まで無意識にやっていたから、つい帰るべき場所を思い浮かべてしまった。
一瞬脳裏を焼いたのは、赤。
たった一つの色彩を思い浮かべただけだというのに、胸の内から様々な感情が一緒に引き摺り出されてしまいそうになる。
赤という色を綺麗だと感じて、その鮮やかさに目を奪われ、それと一緒に熱さまで感じて。
それが記憶が現実か、それともただの夢なのか。
理解も思考も認識も追い付かず、体が感じた焼かれるような心地の痛みを縋るように振り払う。
そんな、呼吸すら奪われそうな感覚に飲まれないように、ぎりりと歯を砕く勢いで口を噛みしめ打ち消した。
その場所にはもう何もない。
何もないのだ。
間違ってはいけない。
そう言い聞かせて、佐助は身を翻した。
やるべきことは、たくさんある。それを順に思い浮かべていき、頭の中を情報で埋め尽くす。
今はただ、それだけで良かった。













3へ戻る ・ 5へ進む











−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
今年のGWはメカザビーのことばっかり考えてた。どんな休暇だ。
(09.5.11)