今更な気もするが、やはり真田主従は物凄かった。
ザビーのいる本陣へとついに到達するかと思われた瞬間に、その道を阻んだチビザビー。その胸糞悪い名前の自走機械は、元親の“目障りな”という心情を快く受け取ってくれたかのように、そりゃあもう思い切り良く爆ぜた。
何て事はない。あれは爆弾だったのだ。
思わずたたらを踏んだ長曾加部軍だったが、そこで前へ進み出てきたのがあの二人だった。
まず幸村が「露払いは某にと申したでござろう」と、いやに男前な笑みを浮かべて槍を構え、そしてそれに続いて忍が「ってこの人が言ってるんで」と言って武器を構えた。
そして響いたのは幸村の声。
「灼熱、炎凰覇ッ!」
いつもの暑苦しい掛け声かと思えば、そうでは無く。瞬く間に噴き出した炎の熱量がとんでもなかった。立っているだけで目の前に巻き起った紅蓮の奔流にのまれそうになり、元親と言えど思わず一歩後退した。
しかもそれで終わりじゃなかったのだ。
幸村の声が途切れると同時に音すら立てずに佐助が動いたかと思えば、目で追えぬ程の速さで何かの印を切り、一瞬だけ佐助の動きが止まった。そしてその一瞬後、得体の知れない寒気のするような力が膨れ上がったかと思うと、幸村の炎に絡みつくように暗い影のようなものが巻き起こった。
炎だけでもとんでもないのに、その影のせいで余計に威力が増して、その通路は正視に堪えないありさまとなり果てた。
両脇に確かにあった趣味の悪い色合いの壁は崩れ去り、変わりに太陽が随分傾いた空が覗いていて。そしてかろうじて残った通路の床は、まるで重機で蹂躙したかのように滅茶苦茶になっていた。
チビザビーの心配をする必要はなくなったが、別の意味で足元を注意しなければいけなくなってしまったのだ。
やはりあの主従はとんでもない。
「さぁて…ここで会ったが百年目ってやつかい?イカレ教祖」
「ワタシそんなに長生きしてナイデース」
「だな、今から俺が終わらせてやるんだから」
おどけて首をかしげて見せたザビーに向けて、元親は殺意にギラつく目を隠しもせずにそう言い放った。
「異教の習いは知らねぇが、少なくとも海には返してやらねぇよ。テメェだけはな…」
ここへ突入したときから、このザビーの態度は気にくわなかった。
焦るでもなく、命乞いをするでもなく、静かに待ちうけるでもなく。…ただ、前に見たときそのままのムカつく笑みを浮かべ、当たり前のように“愛を教えてやる”などとぬかしやがったのだ。
殺るき満々だった元親だが、その瞬間更にその殺意が増した。
この醜い顔を今すぐにでも苦悶に歪ませてやりたいとさえ思っている。
「まどろっこしいのは好きじゃねぇ。…とっとと白黒つけようや」
「コンナ大勢でザビーを寄ってたかって…これワタシへの愛の試練デスカ?」
「安心しな、あんたと俺とで一対一。あんたみてぇな野郎なんざ、俺の子分達が手を汚すまでもねぇ」
そう言って肩に担いでいた長槍を構えると、背後で見守る子分達から「アニキ…」という声が聞こえてきた。すすり泣きのような音も時折混じるのは気のせいだろうか。
「それじゃあ…行くぜっ!」
相手に構える時間は十分に与えてやったはずだ。だから武器を構えていなかろうが、元親は気にしなかった。そのまま勢いをつけて踏みこみ、腕を唸らせ長槍を叩きこむ――はずだった。
「…ぐっ」
突然背後から何者かに引っ張られるような感覚と、実際締まった襟首。
殺気は感じなかったから味方の誰かだろうと当たりをつけると、更に体を後ろにぐんと引っ張られ、同時に元親の顔ぎりぎりを何かが駆け抜けていった。
それは柱にめり込み、ぶすぶすと小さく煙を上げている。わざわざ確認するまでもなく鉄砲の弾丸だ。
「…っ!」
「佐助!」
「あいよっ」
驚いた元親のすぐ耳元で幸村の鋭い声が響き、耳がくわんと音を立てている最中に佐助の声も次いで響いた。
目には二人の佐助が部屋の両脇へと飛びかかっていくところが見えている。
「忍?!」
「卑劣なり!一対一の決闘にかような形で水を差すとは!」
「ワタシ、一言も一対一ナンテ言ってナイヨ?」
相も変わらず虫唾が走る様な口調で言われた言葉とともに、その表情には得体の知れない笑みが浮かんでいる。
騙し討ちで元親を手に掛けようとしたことを、少しも悪びれていないようだ。
一瞬そのことに激しかけた元親だったが、その瞬間に部屋の両脇にある入口から爆煙が吹き出してきたことでその熱が冷めた。
さきほど飛び込んで行った佐助の手によるものだろう。
「…助かったぜ幸村」
「いえ」
「悪ぃがあっち、任せていいか?」
「心得た…!」
元親の声にこたえて、幸村が黒く陰った爆煙に紛れるようにして背後から駆け去ってゆく。
その動きで巻き起こった風に釣られるようにして、元親は先ほど引き戻された距離を埋めるように一気に踏み込んだ。
手にした長槍が唸り、繋いだ鎖がカチカチと鳴る。
「でりゃあっ」
一撃の予告をしなかったのはわざとだ。
もうこの敵にかける言葉は何もなくて良い。ただ刃さえくれてやればと。
しかし元親の一撃を持前の巨体に携えたバズーカで受けとめたザビーは、それを弾くことなくぎちぎちと力比べでもするかのように競り合い始めた。
「ぐ…、」
「アニキサン、肩に力が入ってマス。もう少しリラックスですヨー?」
「黙れっ腐れ南蛮人。今すぐその口塞いでやらぁっ」
「ザビーの口ハ、愛ヲ告げる口。ザビーの手ハ、愛ヲ導く手。ザビーの、」
「うるせぇ!」
「グフッ」
せめてその口を閉じろと足で腹を蹴りつけると、流石に予想していなかったのかザビーの口から苦悶の声が漏れ出た。
しかしそれくらいの苦痛ではまるで足りない。
「アニキサンッ、今のはチョット痛かったデス!」
さっきまでの妙に甘ったるい声はなりをひそめ、僅かに本性が覗いたザビーの声が響く。そしてそれと同時にその両手に握られたバズーカから立て続けに数発弾丸が発射された。
「チィッ!」
横っ跳びに逃げれば終いだったが、困ったことに元親の背後には大事な子分達がいる。元親が避ければ彼らにあたるのだから、避ける訳にはいかなかった。手に握った長槍を操り、何とかその弾を弾いて防ぐ。しかし短筒に比べて速さは遅いもののその重さが半端ではない。一発弾くごとに手から伝わった痺れが肩を外す勢いで走り抜ける。
「うっ…がぁぁぁっ」
痛みはある程度無視できる。手が伝えてきた痺れと痛みを撥ね退けるように吼えると、再度ザビーへと斬りかかった。
「ヌルい攻撃ばっか寄こすんじゃねぇよ!やるならその無駄に太い腕で来やがれってんだ!」
音を立てて数撃繰り返すと、交差したザビーのバズーカに長槍の穂先が引っ掛かり、再度競り合いの状況になる。
「アニキサンはァ、イツデモドコデモ愛に溢れていマスッ」
「………っ」
力勝負ではいくら馬鹿力の元親でも分が悪い。言葉には耳を貸さずに腕に込めた力だけに集中する。
「さっきのワタシの銃弾、防いだ子分の皆サンへの愛!ワタシ感動シマシタ!!」
一度ぐっと押され、それを踏ん張る足にも力を込めなおして再度押し返す。
「ダカラ、子分大事のアニキサン…。帰った方がイイデス」
ほんの僅かだけ、ザビーの力が弱まった。
元親の体が僅かにザビーの方へと傾く。
しかし。
ザビーの次の言葉に、一瞬時間が凍りついた。
「大事な大事な四国の皆サンを放って、ココに居てもイイデスカー?」
「なっ…!!まさかっ」
元親の目が驚愕に見開かれるのと、競り合っていた武器を弾き飛ばされるのと、そして体も吹き飛ばされて、数度地をもんどりうつのも。
全部、痛みも何も感じなかった。
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長くなりすぎたので、一回分割。
(09.08.17)