「五匹目ぇぇぇぇっ」
幸村の声が響くと同時に、どがしゃんと何かが破壊された音も一緒に聞こえる。佐助も応戦しながらそちらを窺い見ると、脳天から真っ二つにされたメカザビーの慣れ果てが目に入った。
「うっそだろー…」
普通あんな金属の塊を、同じく金属の槍で真っ二つに出来るはずが無いのだが。
「これでっ…六匹っ!!」
それでもやっぱり幸村は鮮やかな手並みで次々とメカザビーを両断している。佐助が思うに、幸村が振るっているあの炎凰の炎の熱の力で金属を溶かしながら斬っているのではないだろうか。
一応それなら納得は出来る。それでもまぁめちゃくちゃだが。
それにしても幸村の戦いっぷりはやはり凄まじいもので、紅蓮の飛沫が散ったかと思えば、その色よりもに僅かに鮮明さに欠ける火花が散る。そしてまるで竹でも割っているかの様にメカザビーが真っ二つになるのだ。
相も変わらずその動きは炎と称する以外言葉が無く、その身を包んだ紅の戦装束は目を焼くほど鮮明で美しい。翻るのは後ろ髪で、それに絡むように揺れていたはずの赤鉢巻は無い。
“あっち”に一度帰って、またこっちへ戻ってきた時には消えていたそれ。
今現在誰の元にあるか知らないが、紅の色彩が一つ欠けたくらいではこの炎の迫力が揺らぐことはなかった。
「旦那ぁ飛ばしすぎんなよ!!」
「何を言っておる!!お前も揮えよ!!全力だっ!!」
そう言っている間にもまたがしゃんと一体潰された。
「これで八匹!!」
「動物じゃないんだからさ…“匹”は無いでしょ!」
そう言って佐助も大手裏剣をぶおんと音を立てて振り回すと、遠方からこちらを狙っていた数体を近くへ引き寄せた。
「飛び道具何て無粋だぜ!!」
首の隙間にぽとんと一粒火薬を差し込んでやると、背後より唸りを上げて火炎が押し寄せてきた。それを佐助は飛んでかわす。
「爆ぜなっ!」
上空からそう言い捨てると同時に、黒煙を噴き上げてメカザビーが内側から爆発した。
「流石旦那と俺様!息ぴったり!」
ざまあみろとばかりに宣言して着地すると、今度は正面を向いたまま後ろへ苦無を突き立てる。手にはぶちりと何かを切断したような手ごたえが返ってきたが、首に当たる部分を切断したとしてもこの機械は止まりはしない。佐助は次いで身を低く屈め、そのまま影へと沈みこんだ。
頭上の地面に重苦しい音を立てて弾丸が食い込むのを感じたが、そのまま数瞬影へと潜むと位置を相手の丁度真下へ移し、そのまま勢い良く跳ね上げた。
「影潜りの術ってね。足元注意しないと危ないよ?」
佐助は地面へと打ちつけられてばらばらに壊れたメカザビーを確認すると、次の標的を探すのではなく、幸村の背後に着地した。
「佐助!」
「あと三体!!仕留めるぜ!!」
「おう!!」
幸村の潔い声とともに一度だけ背を触れ合わせると、お互いの背を弾くように目の前の敵へと飛びかかった。
もう二度と味わうことのない感覚だと思っていたけれど、この人と立つ戦場だけは何故かこんなにも血が沸き立つのだ。
血飛沫を上げて倒れ伏した敵兵が立ちあがってこないことを確かめると、元親は周囲をぐるりと見まわした。
「よし…ここは粗方片付いたか」
「ええ、拠点も全て潰してあります」
元親の声に答えるように、近くで刀を振るっていた部下が刀身についた血を拭いながら寄ってきた。
「それじゃ、次行くか」
「お待ち下さい、せめて水だけでも」
「ん、ああ…悪い」
差し出された竹筒を受け取ると口を湿らすようにゆっくりと嚥下した。すでに中身はぬるくなっているが、さっきからずっと動き通しだった体にこの水分はありがたい。
「それにしても佐平次と幸村とはなかなか合流出来ねぇな…。けっこう奥まで来たと思ったんだが…」
「そろそろ見つかるのではないですか?爆音だけは響き続けてましたし…」
「だよなぁ…あいつら派手過ぎるし」
一応近くにはいることは分かっているのだ。
さっきから数えきれないほど屠ってきた人間の中に「鬼が出たぁぁぁ」と叫びながら、元親の方へ逃げてくる馬鹿が何人もいたから。まさかその逃げ込んだ先にこそ鬼がいるなんて思ってもみなかっただろう。もちろん元親の方も痛いほど己の“鬼”の名を知らしめるように全力で相手をしてやったが、元親以外に『鬼』と言われる男といったらこの状況では幸村しか思い浮かばない。
「けど何か抜けているような…」
紅蓮の鬼、真田幸村。四国、鬼ヶ島の鬼、長曾我部元親。
己で“鬼”名を名乗っているだけあって、他の人間の鬼の名にはそれなりに反応するほうだ。さっきから鬼だ鬼だと恐れられているので未だに自分と幸村以外にその名にぴんとこないが、何かを忘れているような気がする。
そうやって元親が首を傾げた瞬間のことだった。
制圧の完了したこの場に、息を切らして駆けこんできた子分の叫び声がその場に響き渡った。
「お、鬼島津がっ!!」
「!!」
その声を耳にした全員が武器を手にして立ちあがった。
そうだ、うっかり忘れていたが、ここには鬼島津という豪傑がいるのだ。…今はチェスト島津とかいう笑える名前を冠しているが。
「ちっ…野郎共!島津のおっさん相手じゃ分が悪い。俺が相手するから下がってろ!」
長槍を担いで元親が前へ出れば、鬼島津の存在を知らせにきた子分が未だに整わない息の合間に、こう告げた。
「いえ、アニキっ…!既に真田と忍の兄さんが交戦中でっ…!!」
「何だってっ?!」
「まさか死んでから鬼島津殿と刃を交えることが相成りましょうとはっ!!」
「わしゃあ今はチェスト島津じゃっ!」
「ぬぅおおおおっいざ尋常に勝負!!鬼島津殿っ!!」
「だからチェスト島津だと言うておろうにっ!!」
二槍を振りかぶった幸村と、一太刀でも浴びれば肉片にされてしまいそうな巨大な剣を構えた鬼島津。
その二人が真正面からぶつかろうとした瞬間に、佐助が横から飛び蹴りを入れた。
「真田の旦那の大馬鹿野郎ぉぉぉっ!!」
主の悪口を思いっきり叫びつつ、蹴りを入れたのは鬼島津に向かってだった。流石に天下の鬼島津とあって蹴りは防がれたが、それでも体勢を崩させるくらいは出来た。
「佐助っ邪魔するでない!!」
「ふっざけんなよ!あんた本気で馬鹿でしょ!いくら何でもこればっかりは譲れねぇ!」
「何故だ!」
「勝負とかどうでもいいんだよ!このおっさん相手に一対一とか無謀すぎるだろ!」
「だがっ…!」
何かを反論しようとした幸村の声を無視して、佐助は再度島津へと飛びかかった。
とっくに隠居していてもおかしくない年だろうに、未だにその目は衰えていないのか佐助の姿をきっちりとらえている。あの物騒な剣を構えて島津はびりびりと刺すような殺気を放っていた。
「ぬぁっ佐助?!抜け駆けは狡い!」
幸村の間抜けな言葉は外に締め出し、まず佐助は手にした無数の苦無を一斉に島津へ投げつけた。
「甘いわっ」
苦無は剣に弾かれるまでもなく、ぶおんという重々しい音とともに振り切られた剣のその風圧だけで、すべて薙ぎ払われた。
しかしその苦無は囮だ。
大きく振り抜かれた剣の腹を蹴って佐助が上へと跳躍すると、くるりと体を反転させて島津を脳天から突き刺すように刃を手にして落下する。
大ぶりのあの剣を、下へ蹴りつけられた状態で真上に跳ね上げるのはいくら鬼島津でも無理だ。佐助の攻撃を剣で防ぐことはできない。脳天はがら空きだった。
しかし、島津は剣の柄を掴んでいた手の片方を放すと、上から落下してきた佐助の頭を鷲掴みにした。
「佐助!!」
幸村の切羽詰った声が聞こえると同時に、首がめしりと嫌な音をたて、見えていた景色の天と地がぐるりと逆転した。そして佐助の頭がまるで釘でも打つかのように地面へとめり込む。
「甘いっ」
「佐助ぇッ!!」
島津の無情な声を引き裂くように遮って、今度は幸村が島津へと斬りかかった。お互いが桁外れの馬鹿力とあってか、打ち合うその音が軋むように鋭い。
「貴様っよくも…!!」
「怒り任せの突撃なんぞ、わしには通用しねえど!」
目を爛々と光らせながら打ちつけられた幸村の二槍を、島津は柄を持つ手とは逆の手で支えて力任せに押し返した。
流石の幸村も均衡を崩して後ろへ飛びずさる。
しかしその目の怒りは消えることなく未だに燃え続けており、まるで獣のように身を低く構えた幸村は炎の踊るその槍を食らいつくように付きつけた。
「参るっ」
地面を蹴って風のように斬りかかった幸村の斬撃を、島津は真正面から受け止める。金属同士が打ち合される音がガチンと鳴り、同時に火花が散った。その火花すら幸村の槍、炎凰の炎が呑みこみその灼熱を更に広げる。至近距離で劫火の熱に煽られながらも、島津は一瞬たりとも怯まずその豪腕を唸らせ受けとめた槍を一度弾いた。
そして正眼の構えから一気に上段へとその剣を振り上げ、腹へと力を込める。
「示現流…愛の太刀!!受けてみんしゃい!」
島津が腹の底からそう宣言すると、島津の真正面で槍を構える幸村が、酷く獰猛な笑みを浮かべた。纏う炎の中に怒りとは別の獣の性が入り混じる。
しかしその笑みを島津認識した一瞬。
空気の僅かな揺れとともに、その背後でひやりと何かが動いた。
それはさっきまで欠片も感じさせなかった殺気を解放させ、闇に染まった言葉を放つ。
「傷を負うのはあんたの方だ」
その声を島津が認識したのは、背に走った焼けるような痛みの後だった。
「ぐっ」
「佐助!!」
体勢を崩した島津の剣を、幸村が横薙ぎに払ってそのまま駆けだした。
「あ、旦那。言っとくけど俺様平気だかんね。さっきの分身!!」
佐助ののんびりとした声が響くが、どうも幸村には聞こえていないようだ。
「さささ佐助!頭!首!!あああ頭ッ!!」
「だから大丈夫だって!!っていうか鬼島津!まだ生きてるから!」
その前に殺すつもりではない。
「むう…油断したばい」
佐助と幸村がいつものやりとりを始めたところで、倒れていた島津がむくりと起き上った。
「あ、ほら。あの人起き上っちまったじゃないの!」
「むっ」
その目で佐助の無事を確認して安心したのか、幸村が佐助の隣で槍を構えなおした。
しかし再度張り詰めると思われた空気はまたも期を逃した。豪快な声とともに更に別の乱入者がやってきたからだ。
「二人とも、無事かっ?!」
息を急き切って入ってきたのは元親である。
「元親殿!」
「あ、鬼の旦那。お疲れ」
「おう!何だお前ら元気じゃねえか!」
佐助も幸村もあちこち薄汚れてはいるが、大した外傷もなくどこにも問題はない。元親とは明け方に別れたきりだったので、無事な姿を確認出来てお互い安堵の息を吐いた。
「ま、再会の挨拶は後ってことで…」
「うむ。まずは鬼島津殿を…だな」
佐助の言葉を幸村が引き継ぐと、当の島津は既に臨戦態勢を整えていた。背に走った傷からは未だに血が流れているが、その傷を感じさせないほど隙がない。
「全力で参る」
「よか、かかって来んしゃいっ」
不敵な笑みを浮かべて放たれたその一言を皮切りに、島津へ幸村が飛びかかった。
幅広の島津の剣は、鋭い幸村の攻撃をいとも容易くはじき返してしまう。炎に彩られた穂先とて、分厚い剣は流石に両断することはかなわないらしい。
しかしこちとら二対一、元親が加われば三対一だ。
佐助は幸村が繰り出す攻撃の合間を縫って、大手裏剣を手に島津の背後にばかり狙いを定めた。武人の性なのか、島津は佐助が背後に立つごとにあの大太刀を振りまわして牽制してくるが、幸村が前にいる状態でのその剣に鋭さはない。動作一つで簡単に避けられるので、島津の体力は削られていく一方だ。
「……っ」
流石に幸村はこういった戦い方を好む訳がないので、何かに耐えるような表情をしている。しかし槍を振るう手には迷いがないため、宣言した通り島津と全力で戦っているのだろう。
それが分かるから、佐助はどれだけ島津の背に隙ができようと、背後を取るだけで攻撃を仕掛けようとはしなかった。
そして何度目か知れない、しかしそれほど多くはない打合いの音が響いた後のこと。だんだん鈍くなってきていた島津の動きが決定的になり、その膝が地へ付けられた。
「ぐっ…」
力の入らぬ足に抗い、剣を支えに立ち上がろうとする島津へ、佐助がのんびりと言葉をかける。
「あ、無理はしない方がいいよ。やっと毒が効いてきたみたいだから」
『なぁっ?!』
佐助の言葉に驚いたのは、佐助以外の全員だった。
幸村も元親も、そして島津までもが目を見開いて硬直してしまっている。
「いやぁまいったよ。結構即効性がある毒なのにさぁ、あんためちゃくちゃ元気なんだもん。実はあんた熊だったりしない?」
「どっ毒を使ってどうする?!解毒剤は?!」
「いや、致死性のものじゃないから安心して。死なせないで動き止めるにはこれが一番でしょ」
あっけらかんと言い放つと、幸村と元親が何故かその場で安心したように息を吐いた。島津の方は反応を返す元気もなくなってしまっているらしい。
「ったくびっくりさせんなよ…。毒つったら危ないもん想像するに決まってるだろうが」
「はは、すんません…。でもこれで一番危なそうなのは片付いたでしょ?」
そう言って佐助が笑うと、言外に含ませた意味を悟ってか元親が通路の先へと目を向けた。
「ははぁ、一丁前に俺を焚きつけてんのか?」
通路のその先、もう僅かに進んだところにある本陣。
そこにいるであろうザビーを睨み据えるように、元親は目を鋭く細めた。
「露払いは某達が」
「ま、あくせく働いてやろうじゃないの?」
幸村は槍を、そして佐助は愛用の大手裏剣を手にして不敵に笑ってみせる。
その笑みに釣られて元親も口元を緩めて答えると、愛用の長槍を携えて装束の裾を払った。
「それじゃあ…このインチキ宗教の大将に、お礼参りと洒落こもうか」
溜まりに溜まった屈辱が次々と頭に浮かび、意識しなくとも怒りがふつふつと沸いてくる。それを抑えること無く足を踏み出せば、それに続いて周囲に集まっていた仲間たちが動き出すのが分かった。
「行くぜ、野郎共!」
元親が今日何度目か知れないその声を上げれば、続く声も決まりの言葉だった。
「へい、アニキー!!」
大将の首を獲る。あとはそれだけだ。
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島津の口調に苦悩。だから一生懸命台詞削った島津さん。
(09.08.13)