開戦の合図は、敵方から派手に響き渡った爆音だった。
元親が今現在陣を布いている場所はザビー教の本拠地の真正面といえど、やはり沖合いだ。一触即発の空気で睨み合いが出来るほどの近さではあるが、それでもやはり距離がある。
しかしいっそ清々しいほど派手に響き渡った爆音は元親のところまで嫌というほどしっかりと届いた。その大きさといったら長曾我部軍の豪胆な海の男達でも飛びあがるほどのもので、もうもうと舞い上がった黒煙が視覚でもその威力を伝えてくる。
「ははっ…!!あいつらやりやがったな!」
忍の調べでは火薬庫は三つに分けられているとのことだったが、今爆発したあの蔵が最も備蓄量が多いと聞いている。その上一番奥まったところに建てられた蔵のため、その蔵の中身が使用されるのはかなり後のほうになるはずだ。既に布陣された後と言えどその蔵は未だ満杯だろう。
それはまさしく元親の読み通りだったようで、それを証明するように力一杯爆ぜたのがさっきの音だ。この威力の爆発なら相当な量の火薬が備蓄されていたのだと分かる。
敵方からしてみれば、まんまと自軍内で爆発させてしまうという間抜けな終末ではあったけれど、元親にしてみれば嬉しいことこの上ない。あとはこの派手な爆発を起こしてくれたあの二人を死なせない為に突撃するだけだ。
「ようし野郎共!開戦の合図は嫌というほど聞こえただろう?!」
「へいアニキ―ッ!!!」
「それじゃあ行くぜ野郎共!!」
「へい!!アニキ―ッ!!!」
子分達の野太い声を背に受け、元親は船を走らせた。
内部であれだけの規模の爆発があったのだから、今現在敵方は面白いほど揺らいでいる。そこを突かないでどこを突くのだ。
「大砲用意!当てろよお前ら!!」
「任せて下さい!」
がこん、と重々しい音を立てて発射の準備が完了する。
点火の合図は元親の腕の振り一つだ。
「打て!!」
掛け声と共に掲げていた腕を振り下ろすと、耳を劈くような爆音が鳴り一斉に砲弾が発射された。
風切り音を纏いながら遠ざかってゆく砲弾が、きれいな弧を描いて落下していく。いくつか角度が甘いものがあったが、これなら上手く当たるだろう。
軌道を読んでにやりと笑えば、元親の読み通り砲弾は直撃した。
「見たか!!これぞうちの狙撃手の腕前よ!!」
一つ得意げに宣言して、船の速度は緩めないまま直進する。
「これで道は開いたぞ!乗り込むぜ野郎共!!」
元親が声を張れば、一斉に返ってきた声がその背を押した。
長槍を握る手に力が入った。












































「し…死ぬかと思った…」
「あっはは…いや、うん。流石に今のは俺様も…」
今二人が身を隠しているのは、先ほど爆発させた火薬庫から少し離れた建物の外壁である。思ったよりも物凄い勢いで爆発したあの場から、それこそ命からがら逃げて来たのだ。
「調べた時は普通の黒色火薬だったのに…。ちっ、中に改良品も隠してやがったな」
「まだ耳がくわんくわん言っておる…」
佐助が忌々しげに呟くその横で、幸村はそう言ってがっくり項垂れた。
「物凄い威力だったな…」
「全くだよ…。ったく、ありゃ南蛮の火薬かね。少量でも良いからちょろまかしてくりゃ良かったぜ」
「いや、あの爆発で五体満足なだけまだ運が良かった。かなり無理をさせたようだが…すまん、本当にお前は無事か?」
火薬庫に火が引火した瞬間と言ったら、幸村が槍を振るった瞬間と同時という事だ。
あれは幸村が炎を宿した愛槍を振りかぶり、ぶおんと音を立てて振り下ろした瞬間のことだった。竜巻のように巻き起こった炎の奔流が人間すら巻き込んで、そのまま真っ直ぐ火薬庫へ。
多少距離は取っていたものの、爆ぜた火薬の勢いが半端ではない。まるで津波のような激しさで鮮やかな紅蓮が牙を剥いてくるのだから、一番びっくりしたのはその火種となった幸村だっただろう。
しかしその異変を悟った佐助の動きは早かった。まずその辺に転がっている人間を片っ端から盾にし、それで足りなければ自分の分身を盾にした。そして本体の方は幸村を抱え込んで持前の俊足で駆け、更には術で熱を削り、ある程度距離を稼いだところで爆風を使って空へと舞いあがった。そして忍鳥の力を借りて、今身を潜めているこの場所へ降り立ったのだ。
「あー平気平気、あんたの炎が爆炎を相殺してくれたから。俺様もあんたも火傷だけはしてないでしょ?」
そう言われて幸村が体のあちこちを探ってみると、確かにヒリヒリとした火傷の痛みは感じられない。確かに炎が迫ってきた時に炎凰の炎を真正面からぶつけてやったが、それでも佐助が心配なのは心配だ。
「分身を一人盾にしただろう。あれも平気だったのか?」
「それも問題なし。盾にするための分身だったし、そこまで気合い入れて作ってねぇから」
「そう…か」
そう言われて一応は納得した。しかし幸村が未だにすっきりと納得していないのを悟ったのか、佐助が苦笑しながら口を開いた。
「ほら、その眉間の皺直して。あのさ、あんたが一番分かってるだろ?あの程度の爆炎にあんたの炎が押し負けるわけ無えってことくらい」
「まぁ、それはそうだが…」
しかし何故か言いくるめられているような気がして、素直に頷くことが出来ない。
どうにも腑に落ちない思いで首を傾げると、佐助は苦笑から意地の悪い笑みへと表情を挿げ替えて、少し煤に汚れた忍装束の裾をつまんで見せた。そしてその笑みを浮かべたまま、まさかの発言をかます。
「そんなに心配なら脱いで見せよっか?」
「……な、ばっ馬鹿者っ。別に脱がなくてもいいっ」
「あれ、そりゃ残念」
「〜〜〜っ」
咄嗟に大声をあげそうになったものの、戦場の緊迫した空気の中では理性が強く働いたのか、何とか途中で押し止めることが出来た。
「さて、そんじゃ冗談はこんくらいにしときまして」
「な、冗談っ?!」
もしやからかわれていたのかと幸村が目を剥くと、佐助はへらへら笑っていたいつものやる気のない笑みを一瞬にして消し去った。そしてお互いが背にしていた壁を指差し、次の標的を示す。
「次はメカザビーの保管庫、及び製造所」
「ああ、あの殺戮人形だな」
この前の中国の出兵に参加していなかった幸村だが、出陣前にある程度の知識は頭に入れてあるので、性能や搭載している武器、そして何処を壊せば効率的か…等はすぐに思い浮かべることが出来る。
メカザビーに関しては、元親から“一般兵じゃ歯が立たない”と聞いていたため、己が相手をしようと考えていたのだ。佐助がどれだけ危険だと反対しても、これだけは譲れなかった。
「火薬庫とは別の意味で大変だろうし、ほい。今の内に水飲んどきなよ」
いったいどこから取り出したのか、佐助が寄こしたのは竹の水筒だった。確かに喉は乾いていたので二口程嚥下すると、ほんの少し舌にしょっぱさが残った。
「…塩、か?」
「ああ、いつ物を食えるか分かんないしね。ちょっとだけど塩を混ぜてある」
未だ開戦から間もないため腹は減っていないが、確かに佐助の言うとおりこれから戦いが激化していけばいつ物を口にできるか分からない。それならばこのほんの少し塩味の効いた水はありがたかった。
「お前も飲んでおけ」
中身の残った水筒を返すと、佐助もこくりと申し訳程度に中身を嚥下した。相変わらず燃費の良い体をしているらしい。
そんなことを考えながら幸村が佐助を眺めていると、その視線に気づいた佐助が不敵な笑みを返してきた。
「さて、それじゃ行きますか?」
水に濡れた唇をぺろりと嘗めて掛けられた言葉に幸村も答えを返す。
「ああ、行こう」
声とともに立ち上がれば、すぐ傍につき従う佐助の姿がある。
幸村は槍を握る手に力を込めて、先へ進むために翼を広げた忍鳥を携えた佐助へ身を任せた。

















その頃元親は腹を立てていた。
「あんの野郎…」
地を這うが如くの声音が呟いた“あの野郎”とは、もちろんザビーのことである。そして元就のあの射殺すような視線と良い勝負な程に鋭く細めた目で見つめる先は、一つの兵器。
「ありゃあ完全にうちのを盗んでいきやがったな…」
元親が睨みつけているその兵器は、長曾我部軍で見慣れた姿をしている。元親はそれを滅騎と呼んでいるが、間違っても今目の前で長曾我部軍の進軍を阻んでいる兵器にその名称を使いたくはない。
「ちぃっ…あれだけ試行錯誤して完成まで漕ぎつけた技術をぬけぬけとっ!!」
ぶちっと音を立てて切れた堪忍袋の緒が示すとおり、腹の底から湧きたつ怒りのままに元親は叫んだ。
「工兵っ!」
「へいっ」
「俺らが道を作ってやる。そしたら遠慮なくあいつをバラせ!」
「へい!!」
もともとあれを作ったのは元親の方だ。設計から何まで全てを知っている彼らが壊し方を知らないはずがなかった。
「行くぜ野郎共!!」
一つ叫んで突進すると、元親に続いて子分達が駆けてくる。
その足音を聞きながら、元親はまず滅騎もどきへの道を阻むザビー教徒たちを斬り払った。
「邪魔すんじゃねぇ!」
敵の得物は柄の長い長刀状の太刀だ。刀であれば相手の間合いに踏み込まないと攻撃できないが、元親の得物は長槍である。間合いで言えば元親の方が広い。そして元親のそれは炎をも纏っているのだ。体を守る防具では無く裾の長い法衣なんぞを纏っている人間を相手にするのには確実に有利だった。
何せ、燃えるから。
元親が長槍を振るうたびにあちらこちらで叫び声が上がった。何人もの人間が火達磨になって転げ回り、その動きで更にその炎が他へと燃え移って被害を広げている。
「燃やされてぇ奴だけ前に出なっ!覚悟が無いやつは引っ込んでろ!」
尚も道を阻む敵を蹴り飛ばして前に進めば、そこは滅騎もどきの射程内だった。くるりくるりと回転する砲門がまっすぐに元親を見据えている。
「ちっ…野郎共!避けろ!!」
元親の声を受けて左右に飛びずさった子分達は、叫んだ本人が直進していくのを見て叫んだ。
「ア…アニキッ?!」
しかし元親は止まる気はない。射程内に入ったといっても、下へと潜り込んでしまえば当たらないのだ。
疾走する元親を途中で追い切れなくなったのか、滅騎もどきは的も定まらぬというのに出鱈目に発砲した。
「アニキ!!」
心配そうな子分達の声が耳を打つが、砲弾は元親のすぐ脇を通り過ぎて行っただけで当たってはいない。爆音で少々耳がいかれたが、それも問題はない。己は無事だと子分達に示すように元親は長槍を振りかぶった。
「まずはその…」
低くそう告げて、滅騎もどきの脚を蹴り付け高く跳躍する。そして狙うのは。
「そのふらふらと鬱陶しい首を止めやがれッ!!」
そう怒鳴って砲台の回転軸である首元に長槍を叩きこむと、駄目押しとばかりに愛槍の柄を足で蹴りつけた。ギギ、と不格好な音を立てて穂先が砲台の継目に食い込む。
「良し、野郎共!!解体だ!!」
元親の合図とともに工兵達が一斉に駆けて来た。その手にあるのは武器では無く、各々使い慣れた工具が握られている。
「うう…いつもは補強に苦労している軸!!」
「はははは!ここの骨組みはほっとくとすぐ脆くなるんだよ!」
「ここの整備は一体なにやってやがんだ…?あちこち錆びてやがる」
「ああ…壊すのってすげぇ楽だな畜生」
「ここに亀裂入れると丸ごと部品交換しないといけねぇから、いっつも予算が…」
「いやいやそこは気にすんな!今回は壊す側なんだぜっ!」
何やら複雑な愛憎入り乱れた会話が飛び交っているが、長曾我部軍の工兵の手にかかれば解体はあっという間だ。一瞬で自走どころが立つことすら出来なくなり、金属のぶつかり合うけけたたましい音を立てて地へと崩れ落ちた。
「ようし、一丁上がり!」
壊れた滅騎もどきを確認すると、元親は休む間もなくその先へと足を向けた。
「目指すは大将の首一つ!!借りはきっちり返してやるぜ!」
ザビーが居るであろう方向へそう叫んでやると、その声に答えるように遠くでまたも爆音が鳴った。
未だ元親の居る場所は、ザビーからもあの二人からも遠い。
その距離を少しでも埋めるべく、元親は駆ける足を速めた。













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重機戦苦手です。いつもゲージ真っ赤になります。
(09.08.12)