それに気がついたきっかけが何だったかは分からない。
ただ、幸村は今それが物凄く気になっていた。
目の前には幼少の頃からずっと家族が撮り溜めてきていてくれたアルバムがある。
幼少期のものは、どれもこれも馬鹿みたいに晴れやかな顔で己が笑っているものばかりだ。それほどこれらの写真が撮られた瞬間が楽しかったであろうことが伝わってくるのは良いことだが、こうも満面の笑みの写真が多いのはどうかと思う。
たまに真面目な顔で写っているものは集合写真か、竹刀もしくは槍を握っているときの写真だ。ごく稀に混じる間抜けな表情のものは、きっと不意を突かれて撮られたものだろう。目線がどこかへ向いているものは隠し撮りの可能性もないとは言えないが。
さて、この辺りで既にもうおかしいのだ。
己の写真などをここまで真剣に眺める趣味など幸村にはない。
そんな幸村が、わざわざ昔のアルバムまで引っ張り出してきてまでこうやって写真を見ているのには訳がある。
佐助は、どこだ。
そう、理由はたった一つ。それだけだった。
かれこれもう何年になるだろうか。佐助との付き合いはかなり長い方だというのに、佐助の写真が一枚も無いのだ。
何をどうやったら卒業写真にさえ己の姿を残さずにいられるのか不思議で仕方がないが、不可解な点はそれだけに止まらず、クラス別の個人写真にさえ佐助の写真は見あたらなかった。
もちろん家族が撮り溜めた真田家のアルバムにだって佐助が写っているものは一枚たりとも存在していなかった。
“これではまるで、佐助がこの世にいなかったみたいではないか”
そんな不安に駆られた幸村が行動は、簡単といえば簡単で、けれど成し遂げようとするにはそれなりに労力を消費することだった。
けれど幸村は決意した。佐助を写真に撮ろう、と。
<一日目:朝・HR前>
一体何だと言うのだ。
自分が一体何をした。
「さぁぁぁすぅぅぅけぇぇぇぇぇっ」
「……ヒッ」
感情のままに喉をひきつらせ、恐怖にびくりと跳ねた体を取り繕うことなく後ろを振りかえる。
そこには猛然と追いかけてくる幸村の姿があった。
「……っ!」
もちろん、佐助は逃げた。
猛然と逃げた。己の身体能力をフル活用し、全身全霊で逃げた。
「何故逃げるのだ佐助ェェェッ」
「あんたが追っ掛けてくるからでしょうがァァァッ」
どこかで聞いたことがある問答を繰り広げつつ、佐助は幸村の制止を振り切ってダッシュした。
「待てェェェェッ!!」
「待つわけあるかァァァァ!!」
あの迫力の幸村につかまっては何をされるかわかったものではない。割と普通の頼みか命令の可能性も無いとは言いきれないが、その前に捕まった時点で己の命が無事かどうかに自信がない。とにかくあの親の仇でも追いかけているような迫力の幸村は怖すぎるのだ。
こうなったら逃げるが勝ちだ。幸運なことに佐助は己の逃げ足には自信がある。その上身のこなしにも自信がある。
一度捕まれば怪力の持ち主である幸村から逃れる術はないが、捕まらなければ良いだけの話だ。
「廊下を走るな佐助ェェェェッ」
「あんたが言うなァァ!!」
ふざけた叱責の声に思わず振り返って怒鳴り返せば、猛獣のような勢いで追いかけてくる幸村の手に見慣れないものが握られていることに気づいた。
(あれは…デジカメ?)
己の動体視力には自信がある。確かにあれはデジカメだった。
ではどうして幸村の手にデジカメが握られているのか?
…そんなもの、写真を撮るために決まっている。
何故写真を撮るために佐助を追いかけてきているのか。
…そんなもの、佐助の写真を撮るために決まっている。
「うげ」
嫌だ。写真は嫌いだ。大嫌いだ。
己の姿が写されたものが物として残っているのも耐えられないし、己の知らないところでその姿かたちを他者に認識されるのも耐えられない。
たとえ幸村の命令…もしくはお願いであっても、佐助は『是』とは答えられないだろう。それほどまでに佐助は写真が嫌いだった。
…こうなったら逃げるが勝ちだ。
さっきまでただ幸村の迫力に呑まれて逃げ惑っていただけだったが、この瞬間佐助は自らの意思で幸村から逃げ切ることを誓った。
写真なんか大嫌いだ。
<一日目:昼休み>
「…という訳でござる」
「………そうかい」
目の前で力説しているのは常日頃から何かと張り合うことの多い友人…というよりはライバルのような位置付けのクラスメイトだ。
名を真田幸村というのだが、どうにも暑苦しい男で、今日は朝からいつもにもまして暑苦しさが増していた。
己もこの男の実力は嫌というほど知っていたが、登校してきたクラスメイトを轢き殺す勢いで廊下を爆走しているところを目にしてしまえばその理由を問うてしまうのも無理はないだろう。
しかしその理由というのが、何というか少しばかり間の抜けたものだった。
「要約すると、テメェはあいつの写真が欲しい、と」
「左様でござる」
「…寝込みでも狙えば一発じゃねえのか?」
「あやつがまともに寝ているところなど見たことがありませぬ」
「…小中学校時の卒業アルバムとかは無いのかよ」
「それが何故か佐助の写真だけ抜けておりまして」
「修学旅行とか…」
「全滅でござったなぁ」
「入学式の集合写真は?」
「それが、確かに式には出ていたはずなのに写真だけ…」
「なんだ?あいつはGhostか…?」
「いや、生身の人間でござるよ」
そこを真面目に答えるな。うっかり突っ込みそうになったが、そこまでして本人が写真を回避しているのは明白なようだ。本当に写真が嫌いなのだろう。
「テメェが命令でもすりゃああいつなら案外あっさりと頷くかもしれないぜ?」
何せヤツはテメェの犬だからな。
少々嘲りを含んだ声で揶揄すれば、幸村にはそれが通じていないのかあっさりと首を横に振った。
「既に正攻法は一通り試したでござるよ」
もう命令したんかい。
意外と目的達成には手段を選ばないという一面を知ってしまい政宗は驚いた。この男はそういった力に頼ることを嫌いだと思っていたが…。
「佐助め…。俺が写真を撮らせろと言った瞬間“え、旦那にデジカメなんて使えんの?どうせ壊すのがオチでしょ。止めときなって”などと馬鹿にしおったのですぞ!!今に見てろ!!俺はこれを使いこなして目にものを言わせてやるわぁぁっ!!そしてあいつにぎゃふんと言わせてやるっ!!」
ふはははは、と地の底から這い出てくるような笑い声をあげる幸村は少々…というよりかなり不気味だ。
しかしその程度馬鹿にされただけでここまで熱くなるとは幸村も単純なものである。
己の沸点の低さを棚に上げて政宗が苦笑したところで、不意に幸村の後ろに人影が差した。
これほど接近されるまで気配に気づかなかったという事実でそれが誰なのかが知れる。
「…猿」
「む?!」
「よ、旦那方。作戦会議中ですか?」
へらへらと軽薄な笑みを浮かべてやってきたのは、今現在話題に上っていた張本人である猿飛佐助だった。
「いやぁ、でっけぇ声が廊下まで響いてたもんでね」
「佐助?!お前よくも堂々と!」
「いやいやchanceだろうが!今の内に撮っちまえ!」
「承知!!」
勇ましい声で返ってきた答えとともに、幸村が懐にしまっていたデジカメを佐助へ向ける。
「………。」
対する佐助は平然とその場に留まっていた。
なんだこいつ…?撮られる気になったのか…?
佐助の行動の意味が分からず、政宗か一瞬考え込むと。
ピシ、メキ、パキ
「What?!」
何やら可哀そうな音が響いた。
それも主に機械類が立てる感じの、何とも居た堪れないあの音だ。
「あ…」
政宗の目に入ったのは茫然とした顔で固まる幸村。
そしてその幸村が手にしている、ON/OFFのスイッチの部分が景気よく陥没したデジタルカメラだった。
「…jokeは時と場所を選べよっ」
本当に壊して終わっている。佐助が言ったことを幸村は100%完璧に再現してしまっている。
馬鹿だ。本当に馬鹿だ。
「旦那ぁ。ちゃんと竜の旦那に言わないと駄目だぜ?俺様を撮ろうとして壊したデジカメの台数」
「………っ」
悔しげに歪む幸村の顔。
そしてその横で、指を五本立てて笑っている佐助。
「こいつ、五台も壊しやがったのか…」
「そうなんだよ。そろそろ諦めて欲しいんだけどね、旦那ってば聞かないからさぁ」
確かに勿体ない。割と高価なものを使い捨てのように(の前に使えてすらいないが)用いているのはあらゆる面で勿体ない。
「つい力んでしまうだけだっ…、俺だって加減すればっ」
「五台も壊しといて説得力無いって。もう諦めなよ」
「お前に言われると腹が立つ!第一お前の写真が一枚も無いのがことの発端だろうが!なんで卒業アルバムにも載って無いんだ!!」
「俺様写真嫌いなんだって…」
それだけで回避できるようなものでもない気がするが、実際やり遂げているところが凄い。
「絶対撮ってやるからな!そこを動くなよ!」
そう言って幸村は自分の鞄に手を突っ込んだ。
いったい何をする気かと思えば。
「こうなることを予想して予備を用意しておいたのだ!」
幸村が高らかに宣言して取り出したのは、やはりデジタルカメラだった。
「「………。」」
呆れた様子で沈黙する佐助。
そして政宗。
しかし政宗の方は沈黙だけでは終わらなかった。
「普通予備ってのはそんなにいくつも用意するもんじゃねぇんだよアホか!!何台目だ?!六台目だろう?!どれだけお前はrichな金遣いする気だ?!もう貸せ!!俺がやってやる!!」
「おお…!!かたじけない!!」
罵声に関しては耳に入らなかったのか、幸村は素直に手にしていたデジカメを差し出してきた。
「Don't move、猿!!」
「猿じゃないってば…」
一瞬佐助は怯んだものの、何故かその場を動かない。
政宗までボタンを陥没させて壊すとでも思っているのだろうか。それなら馬鹿にするのも大概にしろとぶん殴ってやりたいところだが。
しかしその前に写真だ。
スイッチは入れたため電源は入った。あとはこいつをフレーム内に収めてシャッターを押すだけ…!!
パチッ
響いたのは軽い音。
幸村がさっきたてたような可哀そうな音とは違う。
しかし、シャッター音とも何か違う。
「………っ」
「あらら〜そういや竜の旦那って、雷の異能だっけ…?」
「ま、ま、まさむねどの…?!」
何とも言えない微妙な空気の中、政宗の手の中のデジカメがまたもパチッと音をたてた。聞きようによってはシャッター音にも聞こえるというのに、それは悲しいかな放電音。
そして暗転した液晶ディスプレイがこのデジカメの状態を何よりも分かり易く物語っていた。
壊れた。
完全に壊れた。
思いっきりこれはショートした。
精密な電子機器に外から無理やり電流なんて流したらそりゃあ壊れる。
壊れるとも。
佐助はこれを予想していたから逃げなかったのだ。政宗がデジカメを壊すと。
「ほら、旦那方には無理ってわかっただろ?懲りたらもう写真は諦めて…」
「…のやろう」
「へ?」
佐助の軽薄な笑みが僅かに引き攣ったのが目に入った。いい気味だ。
しかし足りない。もっと苦悶に歪め。
「馬鹿にするのも大概にしやがれ…っ」
「え、嘘。自業自得だろ?!何で怒ってんの?!八つ当たりじゃないのそれ?!」
「んなもん知るかこの野郎!覚悟しやがれ!」
「そうだぞ佐助!!男なら腹を括らんか!!」
「意味わかんねぇよ!」
「「問答無用!!」」
かくして佐助VS蒼紅、などという可哀そうな戦いが始まった。
勝敗は目に見えているような気がするが、それでも佐助は逃げ続ける。
写真なんか大嫌いだ。
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そんなわけで、学園もの強化月間の一発目がこれです。
どこが学園ものなんだろう。そんな疑問は置いときまして…。
アホな文章って書くの楽しいなぁ。
1話で終わるはずが続きます。何でこう、うまくまとめられないかな。
そして、 拙宅で筆頭が登場する文章ってこれが初めでですね。
「ゴメンナサイ」(本気で土下座)
佐助vs蒼紅とか書いちゃってますけど、実際は真田主従の痴話喧嘩に筆頭が巻き込まれただけのような図ですよね。
戦国じゃあありえない関係でしょうけど、現代ならこの程度仲良くてもいいかなぁと。
そんな心持ですが、筆頭の英語とか間違ってたりスペル違ってたら教えてください。
朱美は英語が一番苦手でした。
伊達主従好きなのに今までなかなか文章に出てこなかったのは、政宗様の英語セリフが書けなかったからです。(本気)
チャレンジしてみたものの、玉砕。
拙宅の筆頭は日本語多めで推して参ろうと思います。
(10.05.05)