お仕事お仕事
「泥棒は感心しないねぇ」
何処からともなく掛けられた言葉に、男は思わず振り向いて手に握ったナイフを振り回した。
しかしそれは呆気なく空を切る。
「こらこらそんな闇雲に振り回しちゃあ自分まで切っちまうよ?」
「……っ!!」
まるで気配も感じなかったというのに、その声はすぐ傍で響いた。
それに驚いてナイフを突き出そうとしたところで、体が動かないことに気付く。
「聖夜に悪事は駄目でしょ。これ基本だよ?」
軽い調子で続けられる言葉を震える男はただ聞き続ける。
動きたくても動けず、叫びたくても叫べないからだ。
「ったく、ホントいい迷惑だよ。これ以上俺様の仕事増やさないでくれる?」
だるそうに言われた言葉と共に、ナイフが高い音を立てて砕けた。
硝子のようにその欠片がぱらぱらと地に散ってゆく。
「こういう危ない物は壊すのが規定でね。あと泥棒は未遂だったから今回は警告だけにしておいたげるよ」
そう言ってその軽薄な声の男は、外へとその泥棒未遂を突き飛ばした。
雪が残る地面へべちゃっと音を立てて転がった男が振り向くと、そこには黒衣の男が立っていた。
「黒…サンタ?」
「知ってるならこういう悪いことはしないでくれる?俺様も暇じゃないの」
灰色のぼんぼんがついた帽子頭をふるふると横に振り、面倒そうにため息をつく。
見た目ファンシーなのに態度は全然サンタっぽく無い。
「さーて次行かないと。それじゃあんた、今度からホント悪いことやめてよね。警告の次は酷いことしなきゃならないから」
軽薄そうな笑みを浮かべつつ、最後の言葉だけは酷く低い声で放たれた。
それが言葉の意味に迫力を加えている。
「もう、しません…」
震える声でそう男が口にすると、満足げに笑ってその黒サンタは姿を消した。
後には靴後一つ残っていなかった。
一報その頃、赤サンタ幸村は一つの民家へ侵入していた。
通った煙突は綺麗に掃除されていたらしく、中を通って降りる際とても快適だった。
一つ前の家は煤だらけで何度も咳き込む羽目になり、子供達を起こさないように声を抑えるのが大変だった。
プレゼントと一緒に靴下の中に『来年は煙突掃除お願いします』というメッセージカードを忍ばせたから、来年は綺麗になっていると信じたい。
次の年への小さな願望を胸の内で呟いていると、子供部屋から明かりが漏れているのに気がついた。
姿を見られるのは規定違反ではないため別に問題は無い。しかし毎年見られるたびに子供達に取り囲まれ、仕事に遅れが出るのだ。
今夜は待ち合わせもあるため出来る限りそれは避けたい。
内心怯えながら子供部屋を覗くと、そこには毛布に包まって床で寝こけている子供達の姿があった。
サンタを待っていたところ眠気に負けてしまった。といったところだろうか。
(可愛い)
手に大きな靴下を握り締めたまま穏やかに寝息を立てている。
出来ることなら明日の朝、プレゼントが靴下に入っていることに驚いて、そしてその後嬉しげにほころぶであろう顔を見てみたい。
けれど、それは叶わない願いだ。
この穏やかな寝顔を見れただけでも満足しておこう、そう自分に言い聞かせて大きな靴下へプレゼントをそっと入れてやった。
「今年一年いい子にしていたな。…来年も会えることを願っておるぞ」
眠る子供達へそっと言い残し、足早にその場から立ち去った。
将来この子達が黒サンタの世話になるようなことが決して起きないようにと、切実に祈りながら。
そしてその頃、黒サンタの方は静寂とは無縁のところにいた。
「てめぇふざけた格好しやがって…!!馬鹿にしてんのかっ」
「仕方ないでしょ黒サンタなんだから。…っていうかさー何人か見たことある顔があるんだけど」
そう言って周囲をぐるりと見回せば、身につけている黒衣にびびりまくっている奴らが五人。
「俺の姿見てその反応ってことは覚えてるんでしょ?…ったく、いい加減にしろっての」
面倒くさそうな態度を隠しもせず、武器を持った男達のど真ん中で方をすくめている。
真っ黒だけどそれなりに可愛らしい格好に、丸腰。
武器の類は一切持っていないというのに、その態度は余裕に満ち溢れている。
その態度が余計に周囲の男たちの機嫌を逆撫でしていた。
しかし黒サンタはそんなもの気にも留めない。
「さーてそれじゃ始めますか。あ、でも去年会った連中以外は手さえ出さなきゃ軽傷で済ませてあげるよ?」
首を傾げてそう告げれば、馬鹿にされたと勘違いした者達が気色ばむ。
「はぁ…こっちは真剣なんだけどねぇ…。もう知らないよ?」
警告はした、と念を押した黒サンタは、次の瞬間その場から姿を消した。
「?!」
慌てて姿を探そうときょろきょろし始めた男達の内数人がいきなり倒れる。
「何だ?!」
驚きの声を上げた男も、数度の打撃音の後他と同じように崩れ落ちた。
「ほーら言ったでしょ?初めからおとなしくしてれば良かったのに」
「…くそっ」
声はどこからともなく聞こえてくるのに、姿だけは見えない。そして次々の仲間は倒れていく。
そんな恐怖に耐えられなくなった一人が、いきなり周囲に向かって銃を乱射し始めた。
「こらこら危ないでしょうが」
全然危なそうに聞こえない声が響き、その直ぐ後に銃声が不自然に途切れる。
身を伏せていた男たちが恐る恐るそっちを見やれば、粉々に砕け散った銃と、地面に伏した男。
そして、その男を踏みつけながら静かに立っている黒衣のサンタの姿があった。
「…ひっ」
なおも銃を向けようとする別の男に向かって、黒サンタが暗く沈んだ目を向ける。
「待ち合わせに遅れたくないんだ…。これ以上煩わせないでくれよ」
今までで一番真剣に響いた声と同時に、彼の周囲にあった武器の全てが砕け散った。
「去年の警告で聞かなかった奴らは中も砕くよ…。しばらく歩けなくなるね」
「…がぁっ」
無数の叫び声と共に、床でのた打ち回る男が丁度5人。
その両足が奇妙な方向に捻じ曲がっている。
「こうなりたくなかったら、来年はもっとおとなしくしてな」
物を見るような目でそれらを一瞥すると、黒サンタは無造作に歩き出した。
「…ひっ」
咄嗟に逃げようと背を向けた男達だったが、それより黒サンタの方が早かった。
数度さっきと似たような打撃音が響き、苦悶の声も幾つか上がる。
結局、逃げようとした者の中で出口まで辿りつけた者は一人もいなかった。
そしてその場には只の静寂しか残らない。
それを見遣ってたった一人立っていた黒サンタは、もとの面倒くさそうな声で一つ。
「救急車呼ばないとな…」
その声は小さな呟きだったけれど、静寂の中では一際大きく響いた。
そして更にその少し後、赤サンタの幸村は玄関から堂々とお宅訪問していた。
「サンタさんだー!!」
「よーし良い子にしていたか?」
子供の可愛らしい歓声に迎えられて、背負い袋の中からプレゼントを取り出す。
「はい、くまのぬいぐるみだ。ピンクのリボンがついているのが欲しいと願っていたな」
「すごーいっ何でわかったの?!」
「サンタだからだ」
「すごーいっ!!」
それで納得してくれる子供の素直さがとても愛おしい。
内心そう呟いて、後ろでにこにこ笑っている両親へ頭を下げて挨拶しておく。
「ありがとうございました」
「いえいえ、一年良い子で過ごしたご褒美です。それではメリークリスマス。良い夜を」
営業用と言うよりは、どちらかと言うと心からの笑みを浮かべてその家を後にする。
寒い夜と言えど、あんなふうに嬉しそうに笑ってくれるのなら疲れも含めて全部吹っ飛んでしまう。
それとは真逆の場所に身をおいている黒い男の方を思うと心配になってくるが、今は自分の仕事に全力で臨むことが一番だ。
「さて、次は…」
そう呟いたところで、道路を挟んで反対側の家から叫び声が上がった。
さっき幸村が聞いたような歓声ではなく、夜を引き裂くように響く高い悲鳴だ。
「まさか…」
嫌な予感を感じてその家の窓へ目を凝らすと…。
やっぱりいた。
自分と似たような格好だけれど、真逆の色彩である黒を纏った男。
どこから見てもさっき分かれた黒サンタだった。
「お向かいさんは悪い子だったのか…?」
ぼんやりと呟けば、玄関から誰かが走り出てくる。向かいの家の人間のようだ。
しかも何かを叫びながらこっちに近づいてくる。
「何だ…?」
錯乱状態で何を言っているのか分からないが、明らかに向かってきている先は幸村だ。
そして道路を転びながら走り、幸村の直ぐ傍までくると、その人間は、…大人の女はこう言った。
「たっ助けてっ」
「は…?」
今日は何回この声を上げるのだろう。
冷静な部分でそんなことを思ったが、それより目の前の婦人をどうにかしなければいけない。
助けろと言われても、何から助ければ良いのか。
「その…某は赤サンタ故、人助けというより宅配便の方がイメージとしては近いのでござるが…」
「おっお願い助けてっ…黒い変な男が来るのっ…黒い、黒い…」
「………。」
あいつは一体何をやったんだと思ったが、それは口にせず視線を前に向ける。
すると向かいの家から、ぐったりした子供を抱えた黒サンタが出てきた。
「お前っ?!」
多少の荒事には目を瞑るつもりだったが、子供があんな風にぐったりとしているのならば話は別だった。
悪い子だとしても、あれはやりすぎだ。
「こーら、お母さん何逃げてんの。普通子供突き飛ばして逃げる?」
幸村が怒鳴ろうとしたところで、黒サンタがそんなことを言った。
子供を突き飛ばす…?
その言葉だけがぐるぐると頭の中を回る。
「俺が受け止めなけりゃ死んでたよ?」
今度は死という言葉が頭を埋め尽くす。
この男は何を言っているのだろう…?
「ったく、あのさぁ…悪い悪いお母さん?そんなとこ隠れても無駄だよ?」
黒サンタがそういいながら一歩ずつ、ゆっくりと近づいてくる。そして幸村の後ろに隠れた婦人はただがたがたと震えてたまま「助けて助けて」とうわ言のように呟いている。
「おい、黒…」
せめて落ち着かせてやれ、そんな感じで続けようとした言葉は途中で切れた。
黒サンタが指で幸村の唇を押さえたからだ。
「赤サンタさん。お仕事邪魔しちゃってごめんね?この人は俺が預かるから」
直ぐ傍に黒サンタの顔があった。
他人のふりでもしようとしたのか、口調はどこか余所余所しい。
けれど表情が、何故か凄く悲しそうだった。
そのことに思わず動けずにいると、いきなり体が浮き上がった。
「?!」
吃驚して下を見れば、片腕で抱え上げられている。
「ちょっ何だ?!」
「お仕事、頑張ってね」
問いかけに対しちぐはぐな答えを返されると、とすんと下ろされたのは自分のソリの上だった。
それを理解するまえに、トナカイ達が勝手に走り出す。
「まっ待て!!こら!!まだ出せとは言っておらぬっ!!何故言う事を聞かない…?!」
勝手に走り出したまま上へ上へと上って行くソリと、段々小さくなってゆく黒サンタと婦人。
腕の中の子供は大丈夫なのだろうか?
そして何であの男はどうしてあんなに悲しそうな顔をしていたのだろうか?
頭の中を埋め尽くした疑問は晴れない。
けれど、正しく次の場所へ足を進めるトナカイ達が動きを止めることはなかった。
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黒サンタの仕事内容が酷い。
そして赤サンタ幸村は子供好き。
次で終わります。