一年に一度だけ
「どーもお久しぶり!いやぁ一年振りだっけ?元気にしてた?」
「…またお前か」
超速でソリを走らせていれば誰もいないはずの背後からそんな声が掛かった。
初めて会った時は驚きすぎてトナカイを操る手綱を放してしまう何ていう失態をやらかしたが、こうも毎年となるとそれにもなれた。
「お前は毎年毎年毎年毎年神出鬼没な登場をしおって…たまには普通に現れたり出来ないのか?」
「って言われてもなぁ、下降りたら忙しくてまともに話してらんないじゃん」
そんなことを言って軽薄そうに笑うこの男は、一般的なサンタの衣装とは色彩の明暗を真逆にしたような真っ黒な格好をしている。
名前は知らないが幸村は「黒サンタ」と呼んでいた。
男もそれに異論は無いのか、呼ばれれば返事をする。ただの仕事名と言う味気の無い呼び名だが、定着してしまったのだから仕方が無い。それに幸村も名乗っていないのだからお互い様だ。
「話し云々の前にまずお前は自分のソリを用意するべきだ。トナカイは可愛いぞ?」
「え?言ってなかったっけ?」
男は黒帽子をかぶった頭をこくんと傾げて見せた。
動作だけは何故か可愛らしい。
「俺ソリ使えないのよ。コスト削減とか言われて貸し出し許可下りねーの」
「はぁ?!サンタがソリ無し?!」
「そ。せめてトナカイ一頭だけでも貸してって言ってんだけどねー。“足ならお前の方が速いだろう”とか言われて貸してもらえなくてさ」
「はぁ?!」
突っ込みどころが多すぎて何処から突っ込めば良いか分からない。
走ってトナカイに勝つこの男の足もそうだが、トナカイに騎乗する黒サンタと言うのも可笑しな話だ。
どっちも見たくない。
「まぁ赤サンタと違ってこっちはプレゼントっていう大荷物が無いからね、身一つで動けって言われても黒の方がまだましだろーけど」
「いや、でも担当地区を自分の足で駆けるのは流石に…」
「うん、だから毎年こんな感じで相乗りさせて貰ってんの」
「なるほど」
そんなに黒サンタの経営状態が悪化していたとは知らなかった。
来年は文句を言わず乗せてやろう。そう自分に言い聞かせて当の黒サンタを見れば、前を行くトナカイを楽しそうに見ている。やはりソリ自体には憧れているらしい。
「来年はもっと粘ってみればどうだ?この地区は広いからやはり足は必要だろう」
「まぁ帰ったら上に掛け合ってみるよ。でもこっちのが楽しいよ?あんたとまともに話せるのってイブの夜だけだし」
「話すと言っても…普通の黒サンタは赤と顔を合わせても口を利かないだろう?」
子供達に夢という名のプレゼントを配る赤サンタとは違い、黒サンタは見た目の通り恐怖を届けに来る。
もちろん良い子には手出ししないが、悪い子には手痛いお仕置きをプレゼントしていくのだ。
その関係で仕事場で鉢合わせすることもあるが、赤サンタは人気者、黒サンタは恐怖の代名詞となっているので互いの仲はあまり良くない。
しかしこの男はそんなものを気にする気配もなく、こうやって幸村に話しかけてくる。
見た目も中身も謎だらけの男だ。
「俺は他の黒連中から見ても変り種らしいね。別に赤サンタだからって仲良くしたら駄目だっていう社則なんてないのに」
「まぁ、そうか」
確かに赤サンタの方にも無い。
というか夢を配る赤サンタの社則に「黒サンタ憎むべし」とか書いてあったら嫌だ。
幸村がまたも納得したところで、黒サンタが何やら懐から手帳のような物を取り出した。何だか物凄く分厚い。
「何だそれは…?」
「え、ああ。今夜のお仕置きリスト。…ったく毎年毎年懲りないねぇ、人間ってのは」
そう言って捲ったページにはびっしり名前が書いてある。
一体どれだけ今夜にお仕置きするつもりなのだろうか。
「そ…それ、一人でやるのか…?」
「そう。嫌んなるよなぁこの量」
「俺のリストの何十倍もありそうだぞ?」
「ねー良い子より悪い子の方が物凄い多いんだろうねー」
そう言って疲れたように笑う黒サンタもこの事実には嫌気が差しているようだ。
「しかしその量は流石に…子供の内に黒サンタを呼ぶほどの悪さをする奴がそんなにいるか?」
はっきり言って黒サンタは怖すぎるので、子供達は結構良い子が多いはずなのだ。他の地区の統計から見てもこれは事実だ。しかしこの真っ黒な分厚い手帳にはこんなにもたくさんの名前が載っている。
悲しすぎる。
赤サンタとしてちょっと落ち込むと、隣からうーんうーんと何やら唸り声が聞こえてきた。
そっちを見遣れば黒サンタが難しい顔をして何かを考えている。
「どうした?」
「いや、今旦那“子供”って言ったけどさ、大人もいるでしょ?」
「は?」
今度は目が点になった。黒サンタの言っている事の意味が分からない。
「大人って…何だ?一応俺の担当地区は対象年齢3〜12歳までだぞ?他は上限15のところもあるらしいが…」
「は?!」
今度は黒サンタの目が点になった。
かなりショックを受けたようで、手帳を持つ手が震えている。
「まさか…」
嫌な予感にそう呟けば、幸村の声を次いで黒サンタが続きを叫んだ。
「そのまさかだよ畜生!俺んとこ全年齢対象!!」
「はぁっ?!」
またもこんな驚きの声を上げてしまった。聖夜の空を鈴の音と共に駆けるのがあるべきサンタの姿だろうに、今は騒音発生器になっていそうで頭が痛い。
しかしこれに驚かずして何に驚けと。
「そ、それは…」
「いや、慰めないで…今優しくされると本気で泣きそうだから。あーもう騙された。絶対これ騙されたよ俺様。分身使えるからって酷えよ…」
あまりの落ち込みっぷりに慰めの言葉くらい掛けたいが、本人から拒否されてしまった。
しかしこれは憐れ過ぎる。
これだけの広さの街で、悪事を働いた人間全員にお仕置きして回るとなるとどれだけ大変か。
もうそれではサンタなんて言っていいかすら分からない。むしろ聖夜の臨時警察ではないか。
あまりの不憫さに思わず手が動き、言葉の変わりによしよしと頭を撫でてやる。優しくするなと言われたといえど、これくらいは許して欲しい。
「うー本気で泣きそう。黒サンタは善意に慣れて無いんです…」
さめざめと泣きまねをしてみせる姿はいつもと変わらないふざけた態度だが、やはりショックがでか過ぎたのか元気が無い。
「ほら、とりあえず元気出せ。帰りも乗せてやるから」
「う…あんた良い人…っ!!」
芝居がかった仕草でがばりと抱き着かれたが、こんなに打ちひしがれている奴を振り払うことなど出来るわけが無い。多少手綱を握りにくかろうがそれくらいは我慢してやる。
「まさか全年齢対象とは…。大人相手にお仕置きなんて一体何をするのだ?」
「んー一応ランク分けされてるんだけど、軽犯罪程度なら警告だけかな」
何でサンタが犯罪なんて言葉を口にするんだ。と幸村は思ったが賢明にもそれは口に出さない。
「そんで罪が重くなるごとに荒っぽくなってく感じ。去年はマフィアの抗争の仲裁したよ」
「マフィッ?!」
「そう。あれはしんどかったなぁ…黒サンタってばれた瞬間標的俺に変更するんだもんなぁ…死ぬかと思った」
「死っ?!」
「まぁ毎年犯罪の発生率は下がってるし、今年は去年より楽できそうだけど…」
ぽんぽん飛び出てくる不穏な言葉に頭がついていかない。
見た目は黒と言えどそれなりにファンシーな癖して仕事内容は殺伐だ。
「お…終わったら何が奢ってやろう。というか無事で戻って来い。頼むから」
「え、マジで?!やった!あんたホントいい人だよなぁ…絶対無事で戻ってくるから!」
「俺のは普通の反応だと思うぞ…」
げっそりとそう呟いたところで、ソリに繋いである鈴の音が大きくなった。担当地区の上空へ入ったようだ。
「あ、着いた?」
抱きついていた状態からあっさり体を離すと、男は楽しげにソリから身を乗り出して下を眺め始めた。
あれだけアレな仕事内容だというのに、楽しそうに街を眺めることが出来るなど、どんな神経をしているのだろうか。
しかし景色はとても綺麗なものだった。
この男の、黒サンタの仕事場であることが信じられないくらいに。
「こんなに綺麗な街なのに、悪い人間というものはやはりいるのだな…」
「そこまで深刻な顔しなくて良いって!俺の担当地区、確かにあんたの地区と被ってるけど俺のがもっと広いから」
「え…」
「さっき乗せてもらったところらへんからが俺の担当区域」
「はぁ?!」
この叫び声を上げるのは一体何度目だろうか。もう数えるのも馬鹿らしいほど何度も度肝を抜かれた。
「広すぎるから日暮れと同時に仕事始めんの。今日も実は半分は終わってんだよね」
「…もう、そうか。何というか、うん…本当にご苦労」
「えっ、ちょっと!!何でそんな暗い顔してんの?!悪い奴らはこの街少なめだよ?!あんた頑張ってるし!」
黒サンタがあわあわと嬉しい事を言ってくれるが、自分より明らかに頑張っている奴からそんな言葉を掛けられると泣けてくる。…色んな意味で。
「…っ絶対奢ってやる」
そんなことしか出来ない自分に歯噛みしながらもそう言い切れば、心配そうにこちらを見ていた黒サンタが格好を崩した。
「へへ…楽しみにしてるよ」
そんな大したことを言ったわけではないのに、この男は酷く嬉しそうだ。
こんなことくらいで今からこなすであろう仕事にやる気が出るなら喜ばしいことだろうけれども。
「ところであんたの方は仕事、どれくらいに終わりそう?」
「いや、時間は決めないから好きな時間に来い。終わり次第あの時計塔の上で待ち合わせだ」
「つっても待たせたら悪いじゃん。大体の時間でいいから教えてよ、目安にするから」
「…普通は俺がお前に合わせるべきだと思うが」
「俺は何とでもなるから」
「では、…5時くらいでどうだ?」
「余裕!」
にっこりと笑った黒サンタは、音を立てずに立ち上がるとそのまま数歩後ろに下がった。
「下まで送るぞ?」
降りようとしているのだと察してそう言えば、緩やかに首が横に振られる。ここからそのまま落下するらしい。
「それじゃありがとね、楽しかったよ」
「後で会うのにその言い方だとおかしいぞ」
「はは、そっか。それじゃ…また後で!あんたも頑張ってねー」
そう言ってひらひらと手を振りながら、男はもう一歩後ろへ下がった。
幸村が何かを言う前に、ぶわりと音を立てて一瞬で姿が消える。
「…返事くらい受け取ってから行け」
憮然と呟いた声は鈴の音に掻き消された。
次会うときに文句を言ってやろう。そう決意して手綱を握る手に力を込めた。
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黒サンタ佐助は少し無邪気。そして苦労性。
主じゃない幸村って案外面白い。
これ書くのが一番楽しかったです。…しかもまだ続きます。