「まぁ、そんな感じで一応落着しました」
「うむ。…奴の方へは儂から館全焼について使いをやっておる」
「綺麗に焼けおちましたもんねー」
「これから盗品云々の件で丸裸にしてやるわい」
「うへぇ、お館様がそれを言うと洒落になんないっすよ…」
「洒落にする気は無いからのう」
「あ、はは…」
「それよりも今回はご苦労じゃったな」
「今回は流石に疲れましたからね…出来ればもう天狐仮面はやりたくな、」
「それより佐助!」
「や、今さらっと無視しませんでした?」
「細かいことは捨て置けい!」
「俺にとっては細かく無いんですけど」
「実は儂のもとに何故か朝から油揚げが続々と届いておってな」
「ああ…そうっすか…」
「そうしょげるでない。主にもちゃんと持たせてやろう」
「油揚げが欲しくて落ち込んでんじゃないっての!!」
「狐は油揚げが好きであろう?」
「俺様人間!!」
「む…?油揚げは嫌いか…?」
「は?別に嫌いでは無いですけど…」
「うむ、それなら良いのじゃ。幸村が張り切っておったからな」
「え…なんでここで旦那が出てくるんですか…?」
「帰れば分かるであろう」
「??」
































































信玄のもとへ油揚げが続々と届いているのは知っていた。
紛れもなく盗賊団九尾のせいだ。
あれから三日、九尾の姿絵を一枚残して消える謎の義賊の噂は瞬く間に広がり、今では街中で語り草になっている。
恩受けた者は、どうにかして恩を返そうと頭を捻ったようだが相手は謎に包まれたまま。
いくら恩返しがしたくとも術がない。
それなら狐が好きだという油揚げでもお供えしよう。
そんなところで落ち着いたらしい。
しかし思わぬところで武田軍らしさが出てしまった。
『お供え先が分からないなら、お館様のもとへお届けしよう』
めでたいことがあればとりあえずお館様。
暗黙の了解で出来てしまったその意味不明な不文律が今回にも適応されてしまったのだ。
そして今。

「さぁ好きなだけ食ってくれ!!」
晴れやかな笑顔で告げられた言葉と、目の前にずらりと並ぶそれ。
「何これ大食い対決…?」
普段は御造りでものせるであろう見事な大皿に山積みされたお稲荷さん。
何故かそれが大量に用意されている。
「なんでお稲荷さん…」
思わず茫然と呟けば、幸村が得意げに答えてくれた。
「狐は油揚げが大好物と聞いてな!丁度お館様に沢山いただいたところであったからお前たちにと思ったのだ!」
「や、俺様にんげっふぐっ」
主従揃って同じような間違いすんなよ、と窘めようとしたところ、後ろからがっちりと何者かに口をふさがれた。
動かぬ首を何とか僅かに傾け、必死に目を動かせば部下の入道二人組である。
三好清海入道と三好伊佐入道、名前の通り見た目も中身も正真正銘の坊主だが、何分体つきががっしりし過ぎている。
その癖俊敏さも申し分ないというのだから訳が分からない。
どこをどうしたらそういう体になるのか未だに謎だらけだが、怪力と俊敏さの二つを兼ね揃えた腕利きの忍だ。
その二人が力をあわせて佐助を止めにかかっている。
振りほどけるわけがない。
早々に諦めて口を閉ざせば、未だに銀髪金眼の才蔵が珍しく微笑みを浮かべてこんなことを言った。
「我らは身も心も天狐にございますれば、油揚げはもうよだれが出るほど好物で御座います故」
いつもの口調からどこかとび抜けた感のある、芝居ががった言葉だ。
一体お前に何があった?とじろりと睨みつければ、迫力のある金眼が『主殿の好意を無碍にすることは許さん』と燃えていた。
その闘志を別のところへ燃やして欲しい。
しかしそんな違和感なんて全く感じていないのか、幸村は嬉しそうに笑って「それは良かった」と照れくさそうに頬を掻いている。
それだけでこの場の何人かが目頭を抑えて顔を伏せた。
これくらいで泣くな。
「あーっと旦那、その前にちょっと聞きたいんだけど…」
「ん?どうした?」
筋肉質な拘束から逃れてそう言えば、仁王立ちのその姿がくるりと振り返るとともに、ひらひらと衣が翻る。
そう、衣だ。
「それ…その衣装…」
「おお…!!これはな!小介が似合うなら俺でもどうかと思ってな!…どうだ佐助、似合うか?」
輝かんばかりの笑顔でくるりと回って見せた幸村に、思わず卒倒しそうになった。
思わず目を逸らせば、畳に伏して何かに打ち震えつつ感謝の言葉をうわ言のように呟いている部下達の様子が見えた。
その瞬間少し冷静になれた気がする。
他人の錯乱ほど人を冷静に戻してくれるものは無いというのは本当だったらしい。
一人で納得していると、返事を貰えないことで不安になったのか、自身の姿を忙しなく確認しながら幸村がおろおろし始めた。
呆けている場合じゃない。
「あ、ごめんごめん。…良く似合ってるよ。こいつら何かよりずっと」
そう言ってその辺に転がっている盗賊団九尾の面々を親指で指させば「比べる方が間違ってますー」とかいう尤もな答えが後方から投げかけられた。
自分たちが貶されていることに関して反論する気はないらしい。
しかし幸村はそう思っていなかったらしく、くるりと回りを見渡すと満足げに笑って、
「俺には十分目に楽しく映るぞ?」
何て言ってしまった。
途端その場はまた感動の嵐だ。
良い歳した野郎共が揃いも揃って頬を染めて気色悪いことこの上ない。
というより、そういう褒め言葉はその辺の女の子に向かって言ってほしいのが佐助の本音だ。
どうしてそれをこんな奴らに向かって言ってしまうのだろうか。
着飾った女の子たちに持前の純粋な笑顔で「目に楽しい光景だな」何て言えば、この人ならば一瞬で何人も落とせるだろうに。
そう思って溜息を吐くと、後ろから何とも居た堪れない空気が流れ込んできた。
思わず振り向けば小介である。
「申し訳ありません…長」
真っ暗な表情で落ち込んでいるから何かと思えば、身につけている衣は見慣れた幸村のものだ。
原因はこれか。
「あー…旦那の衣?」
「俺などが身に付けて良いものでは無いのでしょうが…」
「気にすんな…、旦那にあの笑顔で“交換しよう!”とでも言われたんだろ」
「…その通りです」
力無く肩を落とした小介の肩を慰めるように叩けば、幸村と目があった。
何やら楽しげな笑みを浮かべている。
(あ、何か嫌な予感がする)
背に汗が伝うような心地を覚えつつ、へらりと笑い返せば向こうも笑い返してきた。
同じ笑顔のはずなのに何故か内包する感情が全く違うような気がするのは気のせいか。
思わず遠くを見つめ掛けると、幸村がたすたすと音を立てて近づいてきた。
「佐助!お前の衣装もちゃんと用意してあるのだぞ!」
「あー…はは、」
やっぱりか。
思ったが口には出さず、そっと溜息をついた。
この部屋に足を踏み入れた瞬間から何となく予想はついていたのだ。
幸村と衣を交換した小介を除いて、全員あの夜の衣装を纏っているこの状況。
その中佐助だけ常の忍装束で許されるはずがない。
それを分かっていつつも、自分から「俺は着なくて良いの?」なんて聞けるわけが無かった。
あんな面倒臭い衣、出来ればもう二度と着たくは無い。
しかもあれだけ損傷していたのだから、今着るのは不可能のはずだが…。
そう思って口を開こうとした瞬間、幸村が邪気無くこう告げた。
「大分破れていたが女中たちがこぞって復元してくれてな!見事に直っておるぞ!」
「あ…そう」
呆気なく望みを断たれて、思わず気の抜けた返事を返してしまう。
こうなれば腹をくくってあれを着なければいけないのだろうか。
いや、この火傷を理由に断ればいくら人の話を聞かない幸村といえど…。
そんな不穏なことを考えていれば、じろりと才蔵がこちらを睨んでいる。
(着ろ)
言いたいのは多分その一点のみだろう。
いつもの黒ずくめの姿からはほど遠い派手な配色になっているため、視線の一つをとってもいやに迫力が増している。
しかしそんな迫力も、日頃破天荒な上司たちの覇気に晒されている佐助にとってはどうってことないものだった。
じりじりと睨んでくる才蔵をあっさりと無視すると、佐助は幸村をみた。
相変わらず派手な衣装が似合っている。
その辺に腕の良い画師でもいたら呼んできて姿絵の一つでも描かせたいくらいに似合っている。
眼福だ。
「佐助…?」
「あ…いや」
ついついまじまじと見てしまったが、今はそんな場合ではない。
返答をしなければいけないのだ。
あの衣装を着るかどうか。
というか、着たくはないのだ。
当り前だあんな面倒装束。
それならば。
「えーっと着るのは後で…」
このままずるずる引き延ばして有耶無耶にしてしまおう。
そう思って口にした言葉だったが、幸村は間髪入れずに問いかけてくる。
「何故だ…?」
「うん、そのね…」
馬鹿正直に「着たくないので先延ばしにしてるんです」なんて言える訳が無いので適当に理由を探す。
何か無いだろうか。
「腹減って死にそうだから…、稲荷寿司先に食わして?」
口から飛び出て来たのは結構情けない言葉だった。
忍が食欲を理由にするなどと、普通はあり得ない。
あり得ないが。
「む!そうだったな!好物を目の前に先に着替えて来いなどと…ついつい失念しておった」
決して稲荷寿司が好物という訳ではないのだが。
思わず飛び出しかけた突っ込みを抑えこんで黙り込む。
それだけで幸村は信じてしまうお人なのだ。
まっすぐに育ってくれて嬉しく思う反面、このまま世の中に出してもこの人は大丈夫なのだろうか。
なんて母親みたなことを考えてしまう。
己の思考に自分で突っ込みながら、いそいそと箸を進めてくる幸村に促されるまま腰をおろした。
主らしく上座に座すことは心得ている幸村だが、今は無礼講。
ちゃっかり佐助の隣で小皿を差し出している。
取ってくれという事らしい。
「幾つ食うの?」
「とりあえずは三つで」
「はいよ」
自分の箸で大皿から手際よくとりわけると、幸村の方へと差し出した。
てらりと光る稲荷は確かに美味そうだ。
せっかくだから、自分も食べよう。
そう思って自分の小皿には二つ取り分けた。
その間に幸村が「お前たちも食えよ?」と部下達へ促している。
わいわいと大皿に群がる姿が視界の端を掠めたが、その辺は無視。
只でさえ隣に手のかかる主が座っているのだから、部下のことまで気にかけていられない。
「佐助、盃を」
「へ…え?」
さあ食おう。
そう思った瞬間そんなことを言われて、横を見やれば幸村が銚子を持っている。
酒まで飲む気なのか。
「あんたこんな時間に酒飲むの?お天道さんまだ高いよ?」
「俺も飲むが今はお前だ」
「へ?俺様?!」
飲む前に注ぐ気だったらしい。
行儀悪く銚子を持った手で盃を持てと促してくる。
しかし無礼といえど、この盃を受ける訳にはいかなかった。
「すんません、ちょっと酒は遠慮しとく」
「今は無礼講だぞ?」
「それでも駄目。今日の不寝番は俺なのよ」
「…俺のか?」
「そ」
多少火傷が残っているとはいえ、仕事に差し支えるほどの傷では無い。
あの夜の騒動が終わった後でも当番に変更はなく、今日は佐助の番だった。
組み替えるとあとあと面倒なことが多いから変わってもらう気もない。
「少しくらい、と言っても聞かぬのだろうな。…お前は頑固だから」
「へー分かってきたじゃないの。偉い偉い」
「馬鹿にしておるだろう」
「してませんって!ほら、俺が注ぐからあんたが盃持って」
「むう」
しぶしぶながらも銚子を放し、変わりに盃を持った幸村にそっと酒を注いだ。
先日の功労者である部下達へと、わざわざ用意してくれたであろう酒だ。
盃は受けられなかったが、その心遣いだけはいただいておこう。
そう思って笑った。
「そんな不機嫌な面で飲むと酒が不味くなっちまうよ?ほーら笑顔笑顔」
「じゃあ今すぐ着替えて来い。周りが華やぐ」
「それは女の子に言う台詞でしょうが!」
「盗賊団九尾にくの一はおらんだろう?」
誰かこの人に一般常識の範囲内で色恋沙汰を教え込んでください。
思わず佐助は祈りそうになった。
ついでに頭に浮かんだあの傾奇者のことは即座に打ち消した。
「あーそいじゃ今夜の不寝番の時にでもあの時の恰好で顔出しますよ…もうそれで勘弁して」
暗ければいくつか衣を省いても分かりはしないだろう。
そんな思いで妥協案を口にすれば、幸村が不意に考え込むような素振りを見せた。
何か気にくわないのだろうか。
「旦那?」
問いかければ幸村が口を開く。
「夜、か」
「うん?」
一体何を懸念しているのかが分からない。
夜にあの天狐仕様だと何か不味いことでもあるのだろうか。
「着ない方がいい?」
「いや…着てくれ」
「あ、そう」
どちらかと言えば着るなと言って欲しかった。
そう思いつつも幸村を見た。
相変わらずぶつぶつと何かを考え込んでいる。
しかし佐助の腕からのぞく包帯を目に収めた瞬間、何か悟ったらしい。
勢いよく顔をあげると、晴れやかな笑顔で
「わかった、それでは夜に来てくれ!」
何て言う。
幸村の中で何がどう完結されたのか良く分からなかったが、とりあえず佐助はあの面倒な装束をもう一度身につけなければいけないということだけは確定してしまった。
もう良い。どうせこの人には敵わない。
そんな思いで「めんどくさい」と悲鳴を上げる怠惰な感情を片付けると、こんどこそ稲荷寿司を手に取った。
盃の代わりにこっちで幸村とちょこんと乾杯すると、ぱくりと一口かじる。
思ったとおり、その稲荷は美味かった。
狐の好物云々という幸村の勘違いはともかく、これはこれで良いのだろう。
にぎやかに寿司を食らう部下達の姿を見て、くすりと一つ笑いを零した。






























その日の夜、幾つか簡略化した装束を纏って幸村の許へ赴くと、薬一式と包帯を用意して待っていた幸村に捕まった。
あいさつ代わりに「やはり似合うぞ」と言われ、そのまま剥かれて火傷の手当をされた。
何のためにこんな面倒な恰好をしてきたのか分らない。
そして、幸村の考えていることも分からなかった。
着て来いと言った癖に、自分ですぐ脱がすとは一体何なのだ。
けれど、乱雑に乱れた装束ときちんと手当てされた火傷を見て、幸村は安心したように笑ったのだった。
それだけ結構色んなことを己に許せてしまうのは、やはり甘過ぎるのだろうか。




















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 これで完結です。
 何やら闇炯と似たような長さになってしまいましたが(予想外)お付き合いいただいた方、どうもありがとうございました!
 楽しみと言って下さるそのお言葉に励まされて文章が書けます。幸せです。
 内容は…右往左往と添削と全削とか色々やって分からなくなった結果これで落ち着きました。
 多分後で書き忘れ見つけると思いますので、修正入る可能性が大です。
 あと余話は書いてしまうと思います。才蔵銀髪云々とか衣装合わせ馬鹿話などを。
 馬鹿な話が好きです。
 それでは読んでいただいた方々、どうもありがとうございました!
 蛇足:最後幸村は天に還っちゃいそうな格好の佐助を日常に戻したいので悩んでました。(←反転)
  (08.11.11)