【天狐と猿田と猿飛と】








「我が心、熱く燃ゆるっ!なーんてね、似てる?」
「ま、またその術でござるかっ…!面妖な!」
 休日は修業道場に限る、なんて一体誰が言いだしたんだか。
 おかげで自分の残業は増える一方、ちゃんと休日手当は出るのかコレ。
 溜息の一つも吐きたい気分でそう思いながら、鍛錬用の二槍を手に握りしめる。
 目の前で同じように二槍を構えるは、本家本元の真田幸村。我ながら上手く化けたもんだと自画自賛しながら、主の動きを思い描きつつ道場の床を鋭く蹴った。
 熱血武田道場。大将がこんなものを作ってからというもの、真田の旦那は時折ここを修行場として使うようになっていた。その度に鍛錬相手として借り出されるのもいつの間にかお約束になっており、こうして『猿田幸村』の姿を取るのも片手の指ではもう足りない。
 『自分』を相手取るのは、中々新鮮なものなのだろう。動揺しつつも真田の旦那は、『猿田』との戦いを結構楽しみにしているようだった。
 旦那の動きは忍のそれとは大分違う。普段の自分の動きを抑え、旦那の動きを真似しながら動くのは中々大変なものだ。それでも何とか動けるのは、やはりいつも近くで旦那の戦いを目にしているからなのだろう。
 修行というより、旦那の演技をしている感覚だ。
 普段は使わぬ二槍を振り回し、正面から旦那に突っ込む。振り下ろした獲物を同じ二槍で受け止める旦那は、やはり何だかんだと楽しそうに見えた。
「流石でござるな天狐殿っ…!」
「天狐殿ではない、某真田源二郎幸村!なんてねー。いや〜結構楽しいわコレ」
 軽口を叩きながらも両者動きは止まらない。鋭く打ち出される槍を己の獲物で捌きながら、軽く床を蹴り音もなく宙に舞い上がる。
「朱雀翔!」
「なんの!!」
 自身の技を繰り出され、旦那の目に無意識にか歓喜の色が浮かび上がる。
 それは純粋に戦いを楽しむ顔。己と戦う事など、普通には出来ぬものだから。
「ぅおおおおお、漲るあぁぁぁぁぁ!!」
「ッ…ちょっ…!」
 だから、ちょっとばかり手加減を忘れるとえらいしっぺ返しが来る。
 完全に本気になった旦那が、二槍の穂先に炎を宿らせ凄まじい勢いで突っ込んできた。
 咄嗟に二槍を交差させ、その一撃を止めようと思ったがその勢いは凄まじすぎた。
「がはっ!!」
 槍がへし折れそうな衝撃をくらい、体が景気良く吹っ飛んだ。
 道場の壁に激突してぼとん、と床に倒れ込むと、変化の術が解け姿が元の『天狐仮面』に戻ってしまう。
「いって〜……今、本気で殺ろうとした!?」
「修業とは言え手は抜かぬ!情けない事を言うな、天狐仮面殿!」
「だからってアンタねぇ!」
 一応修業なんだからちったー手加減しなさいよ。
 そう突っ込もうと顔を上げた時、どこかでカラン、と硬質な音がした。
「ッッ…!?」
 アレ?と思う暇もなく、こちらに歩み寄ってきた旦那が息を飲むのが分かった。
 驚愕に満ちたその双眸は、反らす事無くこちらの顔に注がれている。
 何だろう?と思う前に、先程の音が何だったのか気付かされた。
 旦那の視線が、自分の顔と床を行き来している。それにつられるように床を見やれば、そこには何だか見慣れた物体。
 ああ、さっきのカランという音はコレだったのか。
 ふざけているとしか思えないような、狐を象ったそのお面。
 天狐仮面を名乗る際に、着用を義務付けられた面……。
 あれ。
 おそるおそる手を上げて、己の顔に触れてみる。
 今、そこに面が落ちているという事は、自分の顔には今面がついていないという事で。
 旦那の視線が、恐ろしい程真っすぐに向けられる。
 だらだらと額に猛烈な汗をかきながら、この危機的状況を回避するための言い訳を何通りも考えて。
 震える声で旦那が名を呼ぼうとした瞬間、咄嗟にこんな台詞が口を吐いて出た。

「お主っ……さす」
「さっ…、猿飛佐助の術!!なーんて…」

 …重い、沈黙が横たわる。
 ああ、流石にこんな苦しい言い訳が通るはずないか。大将ごめん、いつかはバレると思ってたけど結構あっさりバレちまった。
 困ったようにへらりと笑って視線を反らすと、顔を覗き込むように腰を落とした旦那が穴が開く程こちらを見つめて。
 その顔に感動の色が浮かんだのは、直後の事だった。
「さっ…流石は天狐仮面殿!!ここまで佐助そっくりに化けるとは、某感服致した!!」
 大将ごめん。
 俺様ちょっと、旦那の育て方どっかで間違えたかもしれない。
 いやいや嘘だろ信じちゃうの?ていうか天狐の正体も見破れない時点でヤバイけど、こんなあからさまに素の状態いい加減分かるだろ。
 でも気付かないのが真田の旦那か。
 脱力しながら旦那に視線を向けると、相変わらずその目は好奇心にきらきらと輝いている。まるで子供のような反応に思わず和んでしまいそうになるが、直後にがしっと両手で頬を挟まれて、思わず動きが止まった。
「な、な、何…!?」
「ふむ…流石は佐助の友人殿。細部に至るまで本当に瓜二つでござるな」
「いや〜…まぁ、ほら、一応、見慣れてるし…ね?」
 だからその、離して下さい幸村様。
 困った声でそう訴えるが、旦那の手は離れない。それどころか、さらに顔を近づけられて何事かと心臓が跳ねる。
「ちょっと…あの…??」
「もっと、よく見せては貰えぬか?」
「は??」
「佐助の顔だ」
 言いたい事が分かりかねます我が主。
 思わず逃げ腰になりそうになるが、ちょっと身を引いただけで背中が道場の壁に当たる。これ以上引き下がれぬ事を悟り、内心ますます焦りが募るがここで動揺するわけにはいかない。
 なるべく冷静さを保ちながら、落ちついた声で問い返す。
「佐助の顔なんて、普段から見慣れてるでしょ?」
「うむ、そうなのだがな。こうして改めて間近で見るのは新鮮なのだ」
「新鮮??」
「うむ」
 一つ大きく頷くと、旦那の顔に笑みが浮かぶ。
 それは先程の子供のような笑みではなく、どこか柔らかい笑みだった。
「天狐殿なら知っているやもしれぬが…佐助はああ見えて意外と照れ性でしてな。本人にこのような真似をしては、のらりくらりとかわされてしまうのでござる。なので天狐殿、暫し御免」
「え、ちょっと…」
 先に謝った旦那が、また子供のような顔でペタペタと頬に触れてくる。
 そろりと頬をなぞる指は、恐らく顔に描かれた模様をなぞっているのだろう。興味津津、と言わんばかりの目はじっとこちらの顔を観察しており、頬を撫でていた手は今度はくしゃりと髪を撫でまわす。
 いいように撫でまわされても、どう払いのけていいのか分からない。猿飛佐助であれば、『何やってんの旦那』の一言で振り払えるが、今の自分は『天狐仮面』だ。天狐仮面としては、どうやって旦那をあしらっていいのか自分でもよく分からない。分からない内に、旦那の手はわしゃわしゃと髪を楽しそうに撫でまわしていて。
「あの…幸村様…楽しいの?」
「うむ!」
 満面の笑みを浮かべた旦那が、ゆっくりと髪を梳きながら真っすぐ視線を向けてくる。
 真っ正面からそんなに見つめられると、流石に照れてしまいそうなのに。

「某はな、天狐殿。佐助の顔が好きなのだ」

 返して、俺の体力ゲージ。
 何だそれ、何だそれ。そんな事初めて聞いたんですけど。
 ていうか何言ってくれちゃってんのこの子…!!恥ずかしいって言うか、今すぐ穴掘って埋まりたい。
 助けて大将、何この最終兵器主…!
「あー……うん、そうなんだ…?佐助にそう言っとくよ…うん」
「いや、言わずとも良い。そんな事を言われても佐助が困るであろうしな」
 よく分かっていらっしゃるのねー。
 うん、今すぐ消え去りたいくらいには恥ずかしいよ我が主…!
「それにしても本当によく似ておるな。こうまで瓜二つに化けられるという事は、天狐殿は佐助をよく見ているのであろう」
「うん…まぁ、それはねぇ…?」
 見ようと思えばいつでも見れるもんですから。
 そんな心の声は届くはずもなく、旦那がふと寂しそうにすら見える表情を浮かべる。
「えっと…どうしたの?幸村様」
「いや…。天狐殿が少し、羨ましく思いましてな」
「ッ……」
「某と天狐殿では立場も違います故、佐助の態度も違うのでしょうが。…すまぬ、変な事を言い申した」
「いや……」
 よくねぇよ、さっきから頭破裂しそうだよ。
 すいません、そろそろ俺様を許してあげて…!
 そんな願いが届く事はなく、今度はふいに旦那に手を取られた。
 その手をじっと眺めながら、旦那がまた嬉しそうに笑う。
「小さい頃から、某は佐助の手も好きだったのだ」
「…………」
「佐助はこの手を、人を殺める汚れたものだと言う。いつの頃からか、この手で頭を撫でてくれる事はなくなった。だがな、この手はいつでも俺を守り、傷ついてきた大きな手だ。だから俺は、佐助の手が今も昔も変わらず好きだ」
「幸村様……」
「天狐殿、これからも佐助を宜しゅう頼む。佐助はな」
 ぎゅっと手を握りしめると、その顔に浮かんだのはえらく男前な笑み。
 まるで自分の事のように誇らしげに語る姿は、心臓を打ち抜くに十分な威力を持っていた。

「佐助は某の、自慢の忍だ」

 返して俺の(略)
 持ってかれる、全部持ってかれる色んな物…!
 落ちつけ俺、ホントに落ちつけ。面がない今は、些細な表情の変化だって読まれてしまうから。
 忍が赤面するとか、ホントにあり得ないからもう許して。
「……ぬ、そろそろ昼餉の時間でござるな」
「……へ?」
「天狐殿、また修行に付き合って下され」
「あー……ハイ」
「それでは、これにて!」
 飯の時間には正確な旦那は、恐らく空腹を覚えたのだろう。
 礼儀正しく一礼すると、茫然とする自分を残してさっさと道場から去って行ってしまう。
 そんな後ろ姿を眺めながら、ぶるぶると震える手で床に落ちた面を拾い上げる。
 大きく息を吐きながら顔に面を装着すると、ぐしゃりと髪を掻きまわした。
 …何ていうか、色々削られた。持ってかれた。
 ウチの子、いつの間にあんな男前に育ったんだろう。
 ふらりと立ちあがり、もう一度ぐしゃぐしゃと髪を掻きまわす。
 ああもうホントに、何て言うか。
 ………一生、ついていこ。
 そんな台詞、恥ずかしくて本人には一生伝えられそうにない。

『長、かーわーいーいー』
「うるせぇよ死ねよ頼むから」

 ああ分かってる、周囲でこんな反応が起こる事くらい分かってる。
 だからこそ余計にこっ恥ずかしいって言うのにあの主は…!
「まぁそう言わずに仮面取れよ〜天狐仮面さーん」
「触んな才蔵、殺すからマジで」
 背後からがしっと首に腕をまわしてくる才蔵に、本気の殺意を込めてクナイを向ける。
「天狐仮面さーん、耳が赤いのは何でですか〜?」
「…死んでくれ、本気だ」
『長は我らの、自慢の長でござる』
「ッ……いいから死ねぇぇぇぇお前らぁぁぁぁぁぁ!!」
 道場に潜む部下達に向かって投げだされた無数のクナイは。
 顔の赤みが消えるまで、止まる事はなかったと言う。



<終>







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 E−戦武田のマルリ様より拙宅の二周年お祝いテキストをいただきました!
 わぁぁぁ!!
 ちょっ佐助が!!幸村が!!そして天狐仮面が…!!
 好き過ぎる皆さんが画面で踊ってますようはははは。
 しかもマルリさんの書かれる忍隊大好きでして、最後のほう出演してくださってるんですけどこれもう ど う し よ う 。(動揺)
 ずっとファンで、毎日のように通っているサイトの管理人さんにこのようなお祝いテキストをいただけるなんて…!!
 これは夢?!もしかしてホントに夢?!
  夢ならずっと覚めないでいてほしい…。

 …と言いつつも顔やら腕やらつねってみたり、叩いたりぶつけたり(事故)しつつもこれが現実だと確認している毎日です。
 この素敵テキストをいただいてからすぐにでもアップしようと試みたんですが、パソの故障によりずっと不義理を働いてしまいました。
 申し訳ない。
 やっとこさサイト更新できる環境が整いましたので、喜び勇んで飾らせていただきました。
 嬉しすぎてなんかもうどうしたらいいかわからない。
 このあふれんばかりの喜びと感謝を何かしらの形でお返しできればと思います!
 マルリさま!本当にありがとうございました!!!
 (10.04.29 良い日 朱美)