今更ながら思う。
真田は家系的に忍に好かれやすいのではないか、と。
昌幸様にしたって、何かと男前だったし、佐助も結構目をかけて貰っていた。
忍の使い方も巧かったし、何より誉め方が犯罪級だった。
あれで何人落ちたことか。
古参の者は今だって早すぎる死を悼んでいるし、時折思い出しては悲しげな顔をしている。
あんな表情を忍に浮かべさせることの出来る人物なんてそうは居ない。
本当に稀有なお人だった。
信幸様だって、あまり接点は多い方では無いけれど嫌いではない。
感情の線引きが曖昧な己が、嫌いではないと断言できる時点でかなり好意的に見ているということだ。
いっそ好きだと言い切ってしまっても良いかもしれない。
理知的なあの瞳の前に立つと射抜かれそうな心地になるのは事実だが、その中に黒い感情は見当たらない。
忍にだって確かな信頼を持って接してくれるし、佐助に対しては幸村のことで何かと話しかけられることがある。
その時に伝わってくる幸村に対する暖かな愛情が好きだ。
やはり、良い人だ。
そして幸村に関しては言わずもがな。
忍隊全員で熱狂的に大好きだ。大体あんな御仁に惚れるなという方が無理な話だ。
「やっぱこれは血か…?」
「何がだ」
ぽつりと呟けばすぐ傍に座っていた幸村が問い返してきた。
別に答えて困る問いではない。
口に出してしまった以上説明は必要だ。
「真田の人間って忍に好かれやすいのかなぁって」
「何だいきなり?」
「俺って昌幸様も信幸様も結構好きだよなぁって。それに忍隊の連中も慕ってるし」
言いつつ忍隊の面々を思い浮かべれば、忍にあるまじき熱意で主愛を叫ぶ連中が鮮明に描かれる。
良いことには違い無いのだが、頭が痛くなってくるのは何故だろうか。
内心ため息をついて幸村のほうを見やると、何故か仏頂面でこちらを睨んでいる。
「な…何?俺様変なこと言った…?」
「いや…悪いことは言っておらぬ。俺とて父上も兄上も大好きだ。それに尊敬もしておる」
「んじゃ何でそんな顔してんの…?」
困ったようにそう言えば、幸村は口を引き結んでそっぽ向いた。
童子のような仕草に思わず笑ってしまいそうになるがここは堪える。
しかし可愛い。
「旦那?」
「その…」
言うのを躊躇うように何度か逡巡した幸村だったが、困った表情の佐助が目を合わせると意を決したように口を開いた。
「お…俺は、その、…入らぬのか?」
「は?」
どこに入るのか、と思案したところで意味が分からない。
理解できずにきょとんとしていると、幸村が苛立ったように付け加えた。
「お前が好きだといった中に、俺を入れなかっただろう!」
「へ?」
眉を吊り上げて怒っている幸村の顔が赤いのは、怒りの為か羞恥の為かそれとも別の何かか。
「確かに父上や兄上と並び称されるには俺はまだまだ未熟者だっ。…だがお前の中の好き嫌いでくらい同列に扱ってくれても良いだろう!!」
「………っ」
一気に言い切られたその言葉に鳥肌が立った。

何この人反則だろうこれは…!!

口から発せられるはずの言葉は声にならなかった。
可愛すぎるだろ!!可愛すぎて声が出ない。なんだこれ。
もうなんて発言かましてくれるのだろうかこの人は。
忍隊総出でこの瞬間を形に残したい。
いややっぱり独り占めしたい。
っていうか可愛いなぁもう!
可愛すぎる。
内心のたうち回っていると、幸村がぜぇはぁと肩で息をして今度こそ完璧にそっぽ向いてしまった。
後ろからでも良く見える耳朶はこれ以上無いほど赤い。
「だーんな♪」
「煩いもう知らぬっ」
「聞いてよ」
「知らぬ」
「耳真っ赤だよ」
「しっ知らぬ!」
「可愛いねぇホント」
「かっ可愛っ?!」
吃驚して振り返った幸村に、なおも畳み掛けるように言い放つ。
「うん可愛い。もう可愛すぎあんた!」
「ぶっ…無礼な!そんなこと言われても嬉しくない!お、お前などっ…!」
「いやだってほんと可愛いよ?俺様死にそう。マジ可愛いもう大好き」
「煩い!………ぇ?」
「昌幸様も信幸様も好きだけどあんたは大好き。最高だよあんた可愛いし格好良いし男前だし強いし優しいし」
「なっ?!」
「さっきあんたの名前言わなかったのは言うまでも無く好きだから。俺らは全員あんたに惚れてんの」
「う、ぉ」
「そういうことなわけですよ。真田の旦那?」
口をぱくぱくして固まっている幸村にわざと邪気の無い笑みを向けてやると、一層顔の赤みが増した。
こういう素直なところも大好きだ。
「何なら他の連中も呼んで証明してやろうかい?俺たちがあんたにどれだけ惚れてるか」
「いいいいいいらぬっ」
「何で?そこここでいつでも飛び出せるように待ち構えてるよ?」
「いやっもう良い!十分だ!伝わった!伝わった!!!!」
光速で手と首をぶんぶん振っている幸村から物凄い必死さが伝わってくる。
こんな状態で誰かを呼んでしまったらぶっ倒れかねない。
残念だが他の人間を呼ぶのはあきらめた方が良さそうだ。
「まぁ伝わったなら良いけど」
「うううむっ」
ガチガチに固まっている幸村は見ていて面白い。
そして未だに真っ赤なのが拍車をかけて可愛い。
素直に育ってくれて何よりだ。
「やーもうほんと可愛いなあんたっ!」
「うわっ何だいきなり抱きつくな!!」
肩に腕をまわしてぐりぐり頭を撫でてやれば本気で無い抵抗が返ってくる。
こういうところも大好きだ。
「くぅー俺様ってば良い主に恵まれて幸せ!」
「お…おお。それは…良かった」
「忍隊のやつらもそう思ってるからね」
「そ…そうか」
屋敷中から“好きです”という自己主張が煩いので仕方なく代弁してやると、今度は嬉しそうな気配がぶわりと巻き起こった。
忍の癖に全然忍んでいない。
まぁそれも、この人の中に流れる天然誑しの血がなせる技なのだろうと自分を言いくるめた。
いつかこの誑しの血が世の中の女の子に向けられた時、どういった現象が起こるのかを想像するとちょっと寒気がする。
もしこの人の子供が産まれたら、その子も忍達を笑顔一つで魅了する物凄い傑物になりそうだ。
そら恐ろしいことを考えつつ、その時まで自分が生きていられたら良いなぁ、と場にそぐわない暗いことを考えてしまった。
「ま、夢くらい見ても良いでしょ」
「…??」
佐助の静かな声音を聞き取った幸村がきょとんとすると、佐助は笑みを深めて再度ぐりぐりと頭を撫でた。
叶う可能性の低い夢だとしても、見るのは自由だ。
そういうものも、持っているだけというのもまた楽しい。
そんな夢一つ与えてくれた主に、今日もまた深く惚れ直した。
































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 たまにはこう幸村が可愛いのが書きたくなる。
 真田家は皆さん忍ホイホイだと思う。
 あと真田兄弟は仲良し推奨です。