「顔」
「却下。身も蓋も無いだろう」
「目」
「眼光」
「通った鼻筋」
「口元」
「雄々しい笑み」
「結局顔ではないか」
「個々としても素晴らしいということだ」
「確かに」
「次」
「声」
「話し声か」
「ああ」
「笑い声も」
「怒声も」
「鬨の声も」
「…声全部で良くないか?」
「異論は無い」
「では他」
「翻る赤鉢巻」
「それなら装束も含めて」
「赤」
「却下。それは武田全体を表す」
「では紅蓮を」
「ああ、炎のな」
「槍を持つ手は?」
「腕の振りも」
「駆けるお姿」
「馬を駆る背も」
「うむ」
「鍛錬中のあの空気」
「気迫か」
「覇気でもある」
「汗に濡れた後ろ髪」
「……」
「……」
「……」
「甘味を頬張るお姿」
「………」
「………」
「………」
「………」
「…寝顔?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「この間の川での水浴びは…、」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「そこまでしてくんない?」
「?!」
「?!」
「??!」
「お…長?!」
「お前らな…。いくら何でも発言が危ない…色々危ないホントに危ない」
「我らに下心などありませぬ!」
「無くても危ねぇんだよ発言が!!そして沈黙が怖いっ!!っていうかこんな薄暗いところでひっそり固まって何話してんのかと思えばさ、話題が旦那の格好良いところって何?!」
「そ…その」
「はい…まぁ」
「歯切れが悪い。回答は迅速に!」
「はっ!」
「長も承知の通り、主殿は我ら忍隊のみならず市井の人間や足軽からも絶大な人気がございます」
「まぁそうだろうね。見てて気持ち良いくらいの武人だし」
「そうなのです!!」
「先日たまたま足軽たちが話しているところに居合わせたことがありまして…」
「ありまして?」
「そこで話題となっていたのが我らが主、幸村様」
「へぇ」
「足軽たちは身振り手振りを加え、迫真の演技で主殿の勇姿をそれはそれは勇ましく語っておったのです」
「はぁ」
「そこでです。」
「そうなのです。我らも一度主殿の素晴らしさをあのように大勢の人間で語らいたいと思いまして」
「このように会合と言うにはささやかですが」
「はい。先ほどの通り語りあっておりましたという次第です。」
「一度腹を割って語ってみたかったのです」
「ええ…感動は皆で分かち合いたいのです」
「はぁ…それでこんな怪しい集会になっちゃったわけね」
「その、怪しいというのは流石に…」
「黙れ」
「はい」
「あのなぁ…おまえらもうちょい考えろよ…」
「?」
「??」
「考えろ…、と言いますと?」
「だから…他の兵とかはあんま近くで旦那のこと見てないからそういう風に語れんの。それを俺らみたいな傍に控えてて私生活まで知ってるような奴がやったらさ…、何て言うか、その…分かるだろ?…変質的な何かになりかねない訳よ」
「…へ、変質的ですか」
「そう。しかも危険極まりない類の」
「な…何故ですか」
「影に生きる身の俺らが熱く語ろうったって不完全燃焼になるのは目に見えてるだろーがっ!まずお前らさっきの発言だって何だ?!旦那の活躍を勇ましげに語るならともかく、何でそう淡々と短い単語を連発するわけ?!傍から聞いてりゃ何の話かわかんねぇよ!しかも何で外見?!顔って何、顔って?!寝顔とか水浴びって何?!」
「そ…それは」
「良く鍛えていらっしゃると…」
「その言い訳は苦しい」
「見目麗しい御仁だと…」
「口を開けば瓦解するけどな」
「最高の武人だと…」
「事実だけど問題発言の理由にはならないね」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「主殿は素晴らしい御方なのです!」
「開き直んな」
「しかしですな、我らとて主殿の素晴らしさを思う存分語ってみたいのです。身の内より湧き出るこの感動を独り占めなど出来ませぬ!」
「ええ独り占めなど出来ませぬ!」
「そうですとも!独り占めなど!!」
「…へー?何か言葉に棘があるように聞こえるんだけど?」
「棘ではありませぬ!」
「ええ羨望でございまする!!」
「長はいつも一番主殿の傍にいらっしゃいます!!」
「我らとて主殿の事を知りたいのです!!」
「そこでお願いがございます!!我らの喜びそうな主殿の情報を提供して下され!!」
「…わあ」
「「「「「「長!!」」」」」」
「あのな、せめてもうちょい遠まわしな言い方してくれ…。言いたい事を察するくらいはしてやるから…」
「承知!」
「最近主殿はどうですか?!」
「…それもどうかと思うけど」
「「「「「「「長!!!」」」」」」」
「あーはいはい!えーっと何、お前らが好きそうな旦那の仕草とか…?」
「長の方が直球すぎます」
「あーうんなんかもうめんどくさいから。…ってうわっ、わかったからそんな目で見るなっての!ちゃんと話すから!」
「……」
「……」
「……」
「…えーっと、身内だけに見せる締まりの無い笑顔…とか?」
「…そ、それは。まぁ」
「ああ…何と言うか」
「破壊力が抜群で…」
「直視できん」
「はぁ?」
「お気になさらず…。長は耐性がついているから平気なんです」
「はぁ…」
「……」
「……」
「……」
「……」
「何…その続きを催促するような目は」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…わかったよ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…意外と抜けてるとこ」
「…?」
「あの主殿が?」
「それはどういう?」
「こないだ鉢巻締めるのに髪も絡ませて本気で痛がってた」
「「「「……っ!!」」」」
「戦前なのにどっか抜けてて笑えたな」
「そ…それはまた…」
「お可愛らしい一面も」
「見たかった…」
「ああ見たかった」
「俺も見たかったとも!」
「俺は見た」
「何?!羨まし…ってささ才蔵殿?!」
「んなっ?!」
「いっいいいつからそこにいらっしゃったのですか?!」
「こいつ初めからいたぞ?」
「無論」
「気配が感じられませんでしたが…?!」
「そりゃこいつはね」
「隠形くらい見抜け」
「お前のはまだ無理だろ流石に…」
「しょ…精進いたしまする…!」
「まぁ頑張んな。ま、俺らに追い付くのはまだ先の話になりそうだけどな」
「むむ…精進いたしまする…!」
「焦らず磨きな。それはまでは…まぁ、俺らが上に居てやるよ」
「主殿のお役に立てると思えば修行にも更に身が入るだろう」
「あらら旦那ってば愛されてるねー」
「それはもちろんでございまする」
「さようにございまする!」
「はは、やっぱそうだよな」
「…ところで佐助」
「ん、何?」
「他は無いのか?」
「何が」
「主殿の話だ」
「はぁ?!お前まで何言ってんの?!」
「何って主殿の話だ」
「いやそうじゃなくて…、まさかお前も旦那のマル秘情報流せとか言いだすんじゃねえだろーな…?」
「そこまで言うか阿呆」
「じゃあ何よ」
「ただの世間話だ」
「俺らの世間話なんて真っ黒じゃねぇか!!何話せっての?!最近どこの誰々殺したよ参ったなぁ〜とか言うの?!」
「だから主殿の話なんだろうが」
「あ、そか」
「やっと理解したか」
「あーなるほどねー。確かにあの人の話題は和むわ。珍しく平和な気分になれるわ」
「というわけだから一番話題の豊富そうなお前が話さなくて誰が話すのだ」
「へーへー。…って言ってもなぁあの人の話、ねぇ」
「他愛のないことで構わんぞ。それこそ俺たちが和む話題だからな」
「他愛のないこと…って言やあ最近あの人“水面屋”の甘味に凝ってたっけ」
「水面屋?…変わった名前だな」
「それが山際の簡素なとこでひっそりやってる茶屋なのよ」
「街道を外れたところということか?」
「そ。山入ってすぐに脇道に逸れて、川に出たら上流まで上れば建ってる店」
「仙人でも住んでるんじゃないのか」
「確かに作ってんのは仙人みたいなじーさんだよ」
「じーさんみたいな仙人の間違いじゃないのか」
「いやちゃんと人間だから。霞じゃなくてちゃんと米食って生きてるし」
「良く知ってるな」
「俺様が旦那の贔屓にしてる店に詳しくないと思う?」
「…そうだな」
「店の主人は変わり者だけど作る菓子は一級品だよ。城下でそれなりに名の通った老舗の店主だったのに、水菓子作るためだけに良い水が手に入りやすい辺鄙なとこに引っ越したんだから」
「それはまた…」
「あーうん…、職人のこだわりってのは凄いもんだねぇ…」
「うむ…まぁ、主殿がそこの甘味を気に入っておられるなら良い」
「買いに行くのは一苦労だけどね…」
「良くそんな店見つけたな」
「そりゃね。食物の流通経路探ってたら山奥の辺鄙なところに流れてる少量の物資があったからさ」
「なるほど」
「そ。探らせたら茶屋だったってわけ」
「そんな場所に建っているのだからな…間者と疑われてもおかしくないだろう」
「全くだよ。俺様も初めは他国の同業者かと思ったんだけどねぇ。全然違ったわ」
「欠片ともかからなかったのか…?」
「ああ…、下手すりゃ本人よりあの店の主人に詳しいんじゃないの?ってくらい調べたけどね。きな臭い話は出てこなかったわ」
「そうか…」
「第一あの店の主人菓子作る以外他のことてんで駄目でさ。生活出来てるのも弟子が数日に一度様子見に来てくれてるおかげだし」
「ほう」
「飯だって、餡子煮るのは神業みたいに物凄いもの作るくせに料理は全滅」
「ほう…」
「ありゃ菓子職人になるべくしてなった人間だね」
「それほどとはな…」
「ん。一応まだ監視は続けてるけどね」
「場所が場所だからな」
「まーね」
「山のほうも探らせたのか…?」
「その辺を俺様が抜かると思うか?」
「聞いた俺が馬鹿だったな」
「そゆこと」
「あのぅ…」
「何?」
「さっきから気になっておりましたが…」
「だから何?」
「珍しく平和な気分になれる話題、ってこと忘れてません…?」
「「あ」」
「さっきから聞いておりますと、だんだん話題が逸れてきている気がするのですが…」
「しかもだんだんいつもの会話に戻ってきておりまする」
「主殿の話題は一体何処へ…?」
「あーこりゃ失敬。ついついこいつと顔合わせるとこういう話に…」
「俺のせいにするな」
「うるせーな…お前も忘れてただろうが」
「主殿の贔屓にしている店のことだ。真剣にもなる」
「へーへー。んじゃ詳細は監視役に直接聞きな」
「わかった」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…やっぱ俺が話戻さないと駄目な訳?視線で訴えるの止めてくんないかなお前ら」
「…続きを話せ」
「あーはいはい。偉そうな副官持って俺様大感激―。続き話させていただきますよっ」
「…ああ頼む」
「……っ」
「佐助?」
「あーうんもう良いよ…。えーっと、とりあえず水面屋の菓子は水羊羹が美味いってさ。秋は栗羊羹も作るんだって。旦那は今から楽しみにしてるみたいだけど」
「羊羹か…」
「夏に冷やせば美味いだろうな…」
「冬に氷室で氷を保管して、夏に羊羹冷やすか」
「おーい…栗羊羹は?秋にしか売られないからまだ旦那一回も口にしたこと無いのに」
「それはお前が買いに行くべきだ」
「そうですね。手早く持ち帰れるように長が適任かと…」
「ええ長が良いでしょう」
「そうですとも。長以外適任者などおりませぬ」
「なんかお前ら何げに酷くない?甘味のために走る俺をそんなに見たいわけ?」
「いえいえ他意はございませぬ」
「そうですとも。蒼天疾駆の二つ名を持つ長だからこそ申し上げるのです」
「言い方は丁寧だけど要訳すりゃ“甘味のために走れ”ってことだろうが!!」
「佐助」
「何だよ?!」
「主殿は甘味を食されている時に何をしていらっしゃる?」
「はぁ?お前言葉おかしいって。甘味食ってんなら甘味食ってるに決まってるだろ」
「それ以外にだ」
「茶啜ってる」
「他には?」
「美味そうに咀嚼して幸せそうに笑ってる」
「違う、そうじゃない」
「んじゃ何」
「初めて口にするものの時だ」
「…ん?ああ下調べが心もとない時は俺が毒見するけど?」
「だから何でそっちに行くんだ鈍感め」
「鈍感?!俺が鈍感なら真田の旦那はどうなんの?あの人鈍感の王者だよ?!鈍感の覇者だよ?!鈍感の申し子だよ?!」
「今のお前はそれを凌ぐ」
「何それぇ?!」
「いえ、その前に主殿に対する鈍感発言の方が問題かと…」
「才蔵様肯定してなかったか…?」
「鈍感の申し子ってなんだそれ…」
「とりあえず外野は黙れ。…佐助、主殿が初めて口にする甘味を一口食べて“美味い”とおっしゃり、お前に何をするのか。俺はそれを聞いている」
「あー…それ?っていったら一口食べさせようとすることか?」
「「「なっ…?!」」」
「美味いなら自分で全部食えばいいのに、良く無理やり食わせようとするんだよね」
「ほれみろ」
「何だよその勝ち誇ったような顔は…?」
「それより固まってるこいつらに突っ込め」
「え…?ああ何固まってんのお前ら?おーい…」
「一口…」
「食べさせる…」
「主殿から…」
「長へ…」
「何ブツブツ言ってんだよお前ら。不気味なんだけど」

「「「「あーん…?」」」」

「口揃えて何っ?!」
「才蔵様!」
「何だ?」
「俺様無視?!」
「才蔵様はその現場をご覧になったことがあるのですか?!」
「あるぞ」
「おーい本気で無視?」
「なんと…っ!!」
「部屋ではなく庭に面した濡れ縁で食されることが多い。潜むなら場所は山ほどある」
「何か発言怪しいぞお前らー」
「……っ!!それは是非この目に収めねば!!」
「ええ逃せば悔やんでも悔やみきれませぬ!」
「これは是が非でも長に行っていただかなくては!!」
「うむ。やはりここは佐助だな」
「は?今の流れで何で…」
「「「「「長!」」」」」
「うわ何その迫力?!」
「「「「「栗羊羹はお任せ申す!!!」」」」」
「はぁ?!見られてんの分かってるのに承知するわけねーだろっ!!」
「そう言うな佐助。どうせ主殿に頼まれればお前に“買いに行く”以外の選択肢が無いのは目に見えている」
「絶対嫌だね!旦那に言われる前に俺様は逃げる!」
「させるか」
「へぇ?いつぞやの勝負の二戦目ってわけ?」
「それも良いが…“一対一だと思うことなかれ”だ…」
「は?」
「なぁ、お前たち?」
「「「「「我ら全力を持って阻止させていただく所存!!!」」」」」
「ふざけんなぁぁぁ――――――っ!!!!」

























「どうした佐助?美味いぞ?」(幸村様!なんてお優しい!)
「いや…その…」(長は照れていらっしゃいますな)
「安心しろ。味は保証する」(ここまでうろたえていらっしゃるのは初めて見ます)
「いや、うん…そうだろうけど、視線が…」(流石長。全員場所が割れておりますな)
「何を言っておる…?ほら、口を開けろ」(しかし目に楽しい光景ですな)
「いや、気づけってこの視線の数…」(我ら一瞬たりとも目を離さぬ所存)
「曲者か?」(疚しい気持ちはございませぬ)
「いやそうじゃなくって、忍隊の連中…」(一体何人集まったのでございましょう?)
「なんだ、それなら問題はあるまい。この屋敷にお前たちがおらぬ場所など無かろう」(うーむ)
「それは…そうなんだけど…」(手が空いている者は全員おりますな)
「もうよい。とりあえず口を開けろ」(あっ遂に!!)
「や、美味いなら自分で食った方が…」(長も抵抗はもう諦めればいいのに)
「馬鹿なことを。せっかく遠くまでお前が買いに行ってくれたのだ。一人占めなどするわけ無いだろう」(確かに)
「う…でもさ…何人潜んでるか…この庭怖っ…!!」(しかしまだ抵抗を諦めないようですね…)
「何を訳の分らぬことを言っておるのだ。ほら、庭よりこの羊羹を見ろ。美味いぞ?」(しかし主殿は押しが強いので…)
「えーっと、その…やっぱり…」(ふふ…長ってば視線泳いでるわ)
「佐助」(そろそろ限界のようですな)
「う…」(冷や汗でしょうかあれは)
「口を開けろ」(幸村様の善意に満ち溢れた笑顔が眩しいのではないでしょうか)
「うぅ…」(はは、佐助困ってる困ってる)
「佐助、口を開けろと言っておる」(幸村様に敵うはずないってのに)
「………う。………はい(よしっ!!!)
「初めから素直に聞いておれ。ほら」(おおお!!)
「むぐ…」(……!!!)
「この栗の絶妙な甘み…そして涼やかな羊羹の上品な味わい!どうだ美味いだろう?」(見たか?)(((((見た)))))
「……っ、……っ!!…っっ!!!!」(長の悔しそうな顔が面白いですな)
「そんなに美味いか?」(勘違いしている幸村様がお可愛らしいですな)
「ああ…美味しいよ…。泣けてきそうなくらいね…」(長の目が虚ろです)
「そうか!ではもう一口…」(おおお!!!)
「え?!え?!ちょっそれは勘弁!!!!!」(墓穴ほってるなぁ佐助)




















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 いつぞやの会話文のみをリベンジ。
 忍隊の皆さんは相変わらず暴走しております。
 最後の幸村と佐助の会話の部分は、反転すると忍隊の会話が読めます。