※死にネタです。







































腹からドバドバ流れてくる血を、もう止めても助からないことを知りつつも、少しでも意識を保つために何とか止血して。
けれど立ち上がろうと足に力を込めても、ガクガク震えるばかりで膝を動かす事すら出来なかった。
仕方なく這いずって進もうと腕の力で前進すると、今度は口から血が噴き出した。
(あっちゃー…こりゃ動けないな…)
血と一緒にため息を吐きつつ、動く事を断念すると、ごろりと仰向けに寝転がった。
視界の八割を澄み渡った青空が埋め尽くす。
あたりから立ち上る煙が少々視界を邪魔するが、空はひたすら青い。
それを綺麗だと認識する程度にはまだ頭は動いていて、空を青いと見分けることができるくらいには目も生きている。
それに安心して少し視線を下へずらすと、辺りに広がる屍の山が見えた。
このうちの何割を己が作ったのだろうか。
損壊が激しいものに関しては違うだろうが、原型を留めていて尚且つ一撃で絶命したであろう骸は明らかに佐助の手によるものだ。
それがどうという訳でもないが、綺麗に晴れ渡った空に対し、地上のこの荒み具合は何とも言い難い。
あまりの落差に“これこそ天と地ほどの差があるってことじゃないの?”とあまりにもそのまま言葉の通りで苦笑が漏れた。
しかし笑うと全身が痛い。
それでも何かしていないと、只でさえ死に向ってまっしぐらだというのに意識さえ留めて置けなくなる。
(あとどれくらい保つ…?)
胸中で何度も自問した。
痛みに飛びそうになる意識を自覚する度に、自答する時間は刻々と短くなっている。
あと、どれくらい生きていられるのだろうか。
別にどうしても伝えなくてはいけない情報がある訳でも無い。
死ぬと分かっていて、万に一つも無い生の可能性に縋り付いている訳でも無い。
それでもしぶとく意識を繋ごうとするのは、どうにも頭から離れない人物がいるからだ。
紅蓮の二槍使い、真田幸村。
己の主。
戦国最強の異名をとる本多忠勝との一騎打ちの果て、腹に風穴を開けられて戦線離脱した。
駆けつけた時には、もはや立ってるのもやっとという満身創痍の状態で、
それでも爛々と燃える瞳の炎は消えず、折れた槍を構えて対峙していた。
それを無理やり引きずって本陣まで帰し、自分は足止めに残った。
それから無事を確認していない。
このまま自分が死んで三途の川の前でばったり会うなんて事になったら目も当てられない。
何のために自分がやりたくも無い死闘を演じたというのだ。
(あーもうホント無事でいてよー?誰でも良いから報告来いっての)
一緒に足止めとして戦ってくれた足軽たちは、息をつくまもなく殺されてしまった。
部下の忍びは敵本陣への奇襲へ向わせた。
本多忠勝を止められるのは家康だけだ。家康を討ち取ることはできなくとも、傷を負わせるくらいはできるはずだ。そうすれば主の危機に、本多忠勝も撤退するに違いない。
そう言って佐助に一つの選択肢を与えたのは武田信玄だった。
やばくなれば、家康をやれ。
あまり選びたくはなかったその選択を、突きつけられたのはあっけないほど直ぐだった。
真田幸村と何かを比べて、他にその天秤が傾くことなど佐助には無い。
万に一つもない。
躊躇なく選んだその作戦が功を奏したのか、何とか敵本陣の家康の負傷で一時お互い撤退となり今現在に至る。
まだ何とか生きてはいるものの、あと一歩遅ければ腹だけでなく頭どでかい穴か開いていただろう。
いや寧ろ首から上全部吹っ飛んでいたか。
しかし苦しむことなく逝けたであろう可能性も、あまり魅力的には思えない。
せっかく頑張って今のところ生きているのだから、せめて主の無事くらいは確認して死にたい。
最期くらいこんな他愛ない我儘を通したって良いだろう。
だから早く誰か来ないだろうか。
むしろ敵でも良いから。
ひたすらそれだけを願って耳を澄ませると、鋭敏な聴覚が複数の足音を捉えた。
数人忍びのものもある。
(あー忍隊の誰かかな?)
安堵して足音のする方向へ首を廻らせると、信じられないものを見た。
あちこち包帯を巻きつけたまま走ってくる紅い人影+忍。
自分の願望が見せた幻かと思い、何度か瞬きをしたが人影はどんどん大きくなってくる。
「佐助――――――――っ!!!」
しかも声まで聞こえてきた。
怪我人がなんて大声出しているのだろうか。
いや本当に怪我人か?
本多忠勝のあの不気味な槍を腹に受けていなかっただろうか?
やっぱり幻?
失血による朦朧とした意識の中、佐助は何を信じれば良いか分からなくなってきた。
しかし足音はもうすぐ傍まで来ている。
そして人影も、もう顔を識別できるほど近くまできた。
紅い鉢巻も戦装束も具足も、見慣れた整った顔立ちも走り方も全部記憶の通りで、
ここまで細密なものが全て自分の記憶の見せた幻だとしたら自分の忠誠心は大したものだ、と佐助は思う。
「無事か佐助っ!!」
ぼんやりと夢か現か判別できない己の主を見つめつつ、何とか頭をはっきりさせようと四苦八苦していたら、真田幸村にしか見えない人物は自分のすぐ横まで辿り着いた。
途端、抱き起こされる。
激痛が走ったような気もしたが、もはや痛覚は麻痺しかかってるようだ。
しかし抱き起こされた感触が全部本物で、痛覚なんか気にしている暇なんて無い。
「うっそ本物なのこれ?」
口を突いてでた言葉はなんとも間抜けな言葉だった。
っていうか何でこんなトコいるの。
「お前は主の顔も見忘れたのか!!」
間近で見る幸村の顔は、記憶より少し青い気がする。
やはり傷は負っているようだ。
そして息も酷く荒い。
けれどこれだけ動けるのだから無事以外の何ものでもないだろう。
「あんたちょっと…腹に風穴開いてなかったっけ?」
「あれくらい気合でなんとでもなるわっ!!」
ああやっぱりこの人本物だ。と熱血発言で確信する。
ついいつもの癖で笑いも洩らすと、口から血が噴き出た。
引っ込めようとしたが後の祭りだ。
「佐助っ?!お前っ…」
今の佐助の装束は泥やら血やらでぐちゃぐちゃのため、一見したところで負傷は分かりはしないだろう。
しかし今の吐血でしっかりばれてしまった。
恐る恐る腹部へと伸ばされた幸村の手が、ガチガチに布で固めて止血した傷口付近へと触れた。
途端、朱に染まった主の手。
その手を汚した血が、己の忍のものだと気づいたのだろう。
只でさえ悪い幸村の顔色から、更に血の気が引いたように見えた。
「主従で腹にお揃いの傷跡なんて冗談じゃねぇっての…」
声を振り絞って冗談を口にするも、血に掠れた弱弱しい声音では逆効果だ。
泣きそうに歪んだ幸村の顔が辛い。
「そんな事言ってる場合かっ?!早く医師を…」
「無駄だよ」
「……っ!!」
冷静な自分の声が何故かよく響いた。
それとは対照に、近くにある幸村の瞳がゆらりと揺れる。
「そんなっ…まだ助かるかもしれぬではないかっ!」
そんなこと言われても、あの槍なんか回転してて普通の傷じゃないんだってこれ。多分内臓結構凄いことなってると思うし。
口に出してなんと言って良いか分からず、曖昧な笑みで誤魔化して、心中で言い訳してみた。
「佐助っ!!」
「や、こればっかりはねぇ。旦那も分かるでしょ?」
佐助の生に対する貪欲なまでの姿勢を、誰よりも良く知っているのは幸村自身だ。
死んだらそこでお仕舞いだから、何が何でも生きてあんたに仕えるよ。
そう言って、どんな危険な任務からも必ず生還していたのだから。
「佐…助…」
力なく呼ばれる名前を耳に心地よく思いつつ、そんな顔しなくていいって、と笑って見せた。
けれど余計に顔を歪ませてしまい、遂に幸村の目からは涙が零れた始めた。
眼尻から流れて伝った涙が、幸村の頬から雫となって落ちる。
その雫がこちらの頬に当たって弾けた。
こびり付いた血を溶かし、頬を滑る生暖かい感触がこそばゆい。
「佐助っ…」
悲痛な響きを含んだ幸村の紡ぐ己の名を聞き、ふと思う。

あんたに呼ばれるその名前は好きだった。

戦場で恥ずかしげもなく自慢されて、どんどん有名になっていってしまった“佐助”の名。
お願いだから忍ばせてよ!と何度も懇願したが、率直な賛辞の言葉が嬉しかったのも事実。
そんな感情を読まれていたのかは知らないが、幸村の忍自慢が絶える事が無かった。
仕返しにと、主の自慢をしてみたが、思惑とは逆に物凄い嬉しそうな顔をされたので、こちらが恥ずかしくなっただけだった。
「佐助」
屋敷で名を呼ばれれば、大抵は他愛の無い用事だったり、鍛錬の相手だったり、忍らしくない命令の方が多かった気がする。
縁側に日向ぼっこに呼び出されたこともあった。
「佐助」
戦場で呼ばれれば、普段の幼さの残る空気は一変して、紅い覇気を纏った武将の声で、雄々しい言葉を口にした。
戦場で武者震いしたのはあれが初めてだった。
翻る紅い鉢巻と、眩しいくらいの炎に魅せられた。
たとえこの身を焼かれても、傍に付き従おうと。
そんな柄にも無いことを思ったのも初めてだった。
だからこの人と一緒の戦場は嫌いじゃなかった。
「佐助」
背を追って走るのも、背中合わせで得物を振るうのも。
一番駆けを競うのも。
全部嫌いじゃなかった。
だから、
「旦那、すまねぇ…」
引き攣った様な声音で、一言謝った。
できるならもっと一緒に戦いたかった。
あんたの背を守るのは自分でありたかった。
もっと他にも伝えたい言葉があるのに、うまく声が出せない。
何から言っていいかもわからない。
「…謝る、必要は無い」
「…?」
涙の滲む声音で紡がれた、名を呼ぶ声以外の言葉に耳を傾けて先を促す。
「お前は、忍の中の忍ぞ」
「へへ…」
「良く仕えて…くれた。」
「…うん」
ぼたぼた落ちてくる涙だとか、背中に感じるカタカタ震える腕だとか。
言葉以外の全てで「死ぬな、死ぬな」と訴えてくるのに、必死に主としての労いの言葉を紡いでいる。
そのすべてが自分には勿体ないものばかりだ。
碌な死に方はしないと思っていたのに、今のこの状態は何だ。
闇に消えるように死ぬと思っていたのに今は真昼だ。
青空が眩しい。
誰にも知られることなく消えるように逝くと思っていたのに、目の前で泣く主は何だ。
まったく、予想外もいいところだ。
信じられないくらい贅沢な最期じゃないか。
そんな身にあまりある大切なものを沢山くれたこの主に、約束くらい残しても罰は当たらないだろう。
そう思って、声を絞り出した。
「あんたの…黄泉路の露払いは、俺がやる…から」
「……?」
こちらの言っていることがまだ理解できていないのか、幸村はきょとりと間抜けな表情をしている。
おそらく“黄泉路を行こうとしているのはお前の方なのに、なぜ俺の話になるんだ?”とでも思っているのだろう。
思いっきり考えていることが表情に出まくっている主ではあるが、自分が幸村の表情を読み取ることに長けているだけのような気もしないでもない。
そんな主のために、約束の続きを口にした。
「三途の川…渡らず待ってるよ」
びくり、と体を強張らせた後、幸村の目が見張られるのが、霞み始めた視界に映った。
こちらの言いたいことがやっとわかったらしい。
しばらくその言葉を噛みしめる様に何度か口の中で呟いた幸村は、深く呼吸を繰り返した後、その表情を不敵な笑みへと変えると、首から下げた六連銭を外して、こちらの首に掛けた。
渡らず待ってるといった相手に渡し賃を寄こすなど、いったい何を考えているのだろうか。
こちらの怪訝な表情に言いたいことがわかったらしく、幸村が真面目な顔して口を開いた。
「やるわけでは無い。預かっていろ。」
「ぇ…?」
「お前の分は俺が持って行ってやる。だからそれまで預かっていろ」
なんだそりゃ。
よくわからない理屈にいつもの軽口を叩こうと思ったが、掠れた吐息がのどから漏れただけだった。
「勝手に使ってはならんぞ?それは俺のなのだからな」
「わかり…ました、よ」
意味のわからない理屈だが、悪くはない。
今回の約束に関しては、長期戦を覚悟している。
せめて待ち人を偲ぶ役割くらいは果たしてくれるだろう。
「のんびりして、きなよ…」
あんたは長生きしてよ。
そう思いを込めて言葉を紡ぐ。
あんまり早くに来てしまったら全力で追い返してやるのだ。
待つのは苦にならない。そう、あと五十年くらいなら余裕で待てる。
今までの働きぶりからいったら妥当な休暇じゃないだろうか?
そう口に出そうとして、もう息をすることすら酷く難儀なことに気付く。
「待っておれ…そう長く待たせることなく俺も追いかける」
いやいやいや何言ってんの?!のんびりしてこいってば!!
幸村の的外れな言葉に必死で反論する。
しかし、声は出ない。
「お館様御上洛の吉報を土産にしてやる」
悲願成就の知らせは確かにうれしい土産になるだろう。
できれば本人から伺いたいが。
年齢的にはそのほうが順当だと思い、幸村を待つついでに他の人間から話でも聞いておくか、と休暇の予定に付け加えておく。
「佐助」
はいはい?
返事が出来ない。
「佐助」
聞こえてるよ。
返事がしたいのに声が出せない。
「さすけ」
ああ、そういやいつのまにか目も見えない。
それでも声でわかる。
旦那が泣いている。
「佐助」
主に名前呼ばれて反応しない忍なんて忍じゃない。
だから頑張った。
振り絞るものなんてもう何にもないけれど、とりあえず手に力を入れてみる。
指が動いた気がする。
もっと力を入れてみる。
やっぱり指が動いた気がする。
もっともっと力を入れようとしたら、手に触れるあたたかいものを感じた。
旦那の手だ。
小さく動く指を、目ざとく見つけたらしい。
「佐助」
返事の代わりに指に力を込めた。
ほんの少し、握り返すことができた。
呼びかけに対する返答としてはあまりにも拙いけれど、意志ぐらいは伝えられたと思う。
















けれど、それだけで精いっぱいだった。
















もう見えないし喋れないし動けない。
息も止まった。
鼓動も、もう止まる。
しぶとく生きてる聴覚もあと僅か。
でも残ったのが聴覚でうれしい。
この人の声が聞こえる。
「佐助」
忘れないように、この世から去っても絶対に覚えておけるように、耳に刻みこむ。
どっかに書き留めておければいいのに。
持っていけるのは魂だけらしいから、そこでいい。
真田幸村って書いておければ。
「   」
ああ、音も消えた。
どこをどう探っても何も感じない。
さっきまで背に感じていた旦那の腕の感触ももうわからない。
最後に必死に握り返した手の感触ももうわからない。
確かに聞こえていたはずの声も聞こえない。
何を考えていたのかもわからない。



































真っ暗なところに落ちていく感覚。


















































(これが死、か。)





















































理解した瞬間、すべてが途絶えた。














































































「死ぬな」


































































本当に最後に、旦那の消え入るような声で、そう聞こえた気がした。
































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 BASARA2の台本全集の佐助の台詞で「旦那…すまねぇ」の注意書きの所見て思わず書いてしまった死にネタ。
 “旦那=幸村  本当はもっと一緒に戦いたかった”
 なんて書いてあったら滾るよ。
 いつも戦いに関してそんなに積極的じゃない佐助が本心では…っていうのがヤバイ。
 殺すのは好きじゃ無いのに“幸村と一緒なら”っていうところがホント滾る。
 でも死にネタ…。