これで三つ目となる握り飯にぱくりと齧り付くと、程よい塩味が口の中に広がった。
長時間の行軍に疲弊した体にこの塩分はありがたい。
戦を控えている身のためいつもより丁寧に咀嚼して、米が甘みを帯びてきた頃合で嚥下する。
そしてまた一口ぱくりと食べる。
少し離れたところで男らしく握り飯を頬張っている兵たちを何気なく眺めつつ、もぐもぐと口を動かした。
口が空になったところで次を頬張る前に、竹筒に入れてある水を飲みのどを潤す。
そしてまた一口。
「………っ」
さっきまでの塩の味から一転し、梅干の酸っぱさが口の中を満たした。
思わず目を眇めてその味に耐える。
梅干は好きだが酸っぱいものは酸っぱい。
しかも塩分多めで漬けてあるこの梅干は普段食べているものより数段上を行く酸っぱさだ。
思わず目じりに涙が滲んだ。
美味しいけれど酸っぱい。
ぐっと目を瞑って咀嚼すると、唾液のお陰で酸っぱさが緩和され程よい味になった。
ほっと息をついて無意識に入っていた肩の力を抜くと、頭上でふわりと風が動く。
「…………………佐助か」
口の中の物を飲み込んでから名を呼ぶと、目の前に音もなく男が着地した。
見慣れた忍び装束と明るい色の髪、己の忍である猿飛佐助だった。
「お食事中失礼するよ。偵察終わったんでとりあえず報告にね」
ひょいと肩をすくめてへらりと笑って見せた男は、幸村のすぐ隣にひざを突いた。
せり出した岩に腰掛けていた幸村と違い、佐助は地面にそのまましゃがみ込んでいるので見下ろす形になる。
緩く吹いている風に見下ろした頭の明るい髪が揺れて、不意に手を伸ばしたくなる。
しかし己の手には握り飯。
もう片方の手は米粒まみれ。
仕方なく幸村は手にした握り飯をちょっとずつ齧ると、佐助は淡々と報告を始めた。
周囲の兵も邪魔をしない様にと気を遣ってくれているのか声を掛けてくる様子は無い。
佐助よりもたらされる情報を頭の中に書き留めて、気になった内容を二三質問する。
無駄なく返される答えに何度かうなずいて答え、懸案事項はあらかた片付いた。
そこで不意に気付く。
「お前、飯はもう食ったのか?」
「いんやまだだけど?」
「じゃあ一緒に食うか?」
ちょうど良いから済ませろと持ち掛けると、情け無い顔で首を振られた。
「んな時間無いって〜休ませてくんないのはそっちでしょ?」
「そ…そうかすまん」
確かにここ数日走り回っているこの男は何処から見ても忙しそうだ。
まともに食事を取る時間も無いということは相当なのだろう。
恨みがましい目で見られると立つ瀬が無い。
「今しばらく耐えてくれ。これが終わったらちゃんと休みはやる」
「へいへいその言葉忘れないで下さいよ?」
「無論だ」
しっかりとうなずいて返せば、佐助は満足したように笑って腰を上げた。
もう発つつもりらしい。
疲労を感じさせない動きでくるりと反転し、幸村に向き直る。
この後一言だけ置いて、姿を消してしまう。
「待て」
先の動きが何となく読めてしまい、とっさに幸村は佐助を呼び止めてしまった。
命令に従順な佐助はぴたりと動きを止めて幸村を見てくる。
時間が無いのは分かっている。
だから余計なことは言わずに短くまとめた。
「来い」
不思議そうな顔をしつつも近づいてくる佐助を目にすると、手に持ったままの食べかけの握り飯から梅干の種を抜き取った。
一緒に梅肉も付いてきてしまったが仕方が無い。
それを己の口に放り込み、しばし強烈な酸っぱさに耐える。
「〜〜〜〜っ」
「何してんの」
予想以上の酸っぱさのせいで、耐えるのに時間が掛かってしまった。
佐助が微妙な顔でそう問いかけてくるのも無理は無い。
しかし時間が無いので説明している暇は無く、涙目のまま佐助を手招きして腰を屈めさせる。
そして近くなった顔に向かってひょいと手を差し出した。
「口を開けろ」
梅干の種を頬に入れたままの喋りにくい口で言えば、間抜けな顔で「へ?」と返された。
しかしそのお陰で薄く開いた口に握り飯を押し付ける。
佐助は少し迷ったあと、時間が無いと観念したのか相変わらず間抜けな顔のまま口を開いた。
そしてひょいとそこに握り飯を放り込む。
「………」
もぐもぐと米が咀嚼される中、不意に佐助の顔がゆがんで酸っぱそうに目が眇められる。
当たり前だが忍でもこの梅干は酸っぱかったらしい。
「美味いだろう?良く噛んで食えよ」
「……酸っぱいこれ」
「ほれ水」
水を差し出せばこくこくと大人しく飲んだ。
普段は幸村のものには頑として手を付けないが、やはり酸っぱかったのだろう。
「食べ掛けで悪いとも思ったがこれくらいの大きさなら一口だろう。それに食わぬよりマシだ」
「どーも。でもあんたの分食っちゃって良かったの?」
「お館様に同じ事をやるのは許せぬが…、俺のならばかまわん」
「あー普通お館様相手にこんな事出来る訳無いから。っていうか良くこんな酸っぱい梅干の種含んだね…大丈夫?」
「酸っぱいな…」
「だろーね…」
「いや、まあ良い。時間取らせて悪かったな。気をつけて行ってこい」
そう言って笑んでやれば、佐助も同じように笑って唇をぺろりと舐めた。
さっき握り飯を押し付けたときの塩を舐め取ったようだ。
「んじゃ行ってきます。そんでご馳走様」
佐助は音を立てずに数歩下がると、そう言って今度こそ姿を消した。
相変わらず鮮やかな手並みだ。
己の忍びの技の冴えに満足して、幸村は口の中に残っていた種を吐き出した。
塩に浸されて流石にもう生きてはいないだろうが、種が地面に落ちていれば埋めたくなる。
足でがりがりと土を削って、申し訳程度に土を被せておいた。
梅干の木が生えたらどうしよう、などと馬鹿なことを考えつつ、手にしたままだった竹筒に残った水を飲み干した。
少しぬるくなっていたが、それでも美味かった。
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昨日のブログからの派生ネタ。
だからいつもより短い
食べやすいように種を抜き取ってあげる幸村って燃えませんか。