「というわけで、理由を言え」
これは刑事ドラマのワンシーンとかに良くあるような場面ではないだろうか。
犯人に対して刑事が取り調べをしている最中、犯行の動機などを行くときに良くあるアレだ。
「だから何回も言ってるでしょー?俺の実力不足だって。俺様頭そんなに良くないから」
ならば己は犯人役か、などと胸中で呟き、佐助は目の前の刑事…ならぬ教師へと何度も繰り返した答えを再度口にした。
この教師は別に佐助のクラスの担任でも、進路指導でも生活指導でもない。
むしろこの春に赴任したての新米教師で、ついこの間教育実習を終えたようなぴかぴかの新人だ。どこをどう考えてもこんな風に生徒と顔を突き合わせて刑事ドラマごっこのような問答を繰り返すような立場ではない。
ただちょっと、何かが間違ってこんなことになってしまっただけだ。
その間違いというのが、佐助に原因があるため何とも言えないのだが、今の状況はあまり一般的ではない。
「おまえなぁ…俺だって他の生徒がそう言ったなら納得する。しかしな、こうも立て続けにこういう結果を叩き出されたらいくらなんでも不思議に思うだろう?」
そう言って佐助の目の前に差し出されたのは、佐助の成績表。先のテストでの佐助の点数一覧表だ。
「…いつ見ても酷い有様っすね」
ざっと見る限り10〜40点の間をふらふら彷徨っている。一般的にあまり良い成績とは言えないだろう。
「ある一点を除いてはな」
佐助の言葉に対し、そう付け加えたのは佐助の前に座る新米教師だ。
そしてその教師が指を差しているのは、歴史の成績の欄。
「や、それはまぁ、運が良かったっていうか」
「運だけで100点を連続で取られてたまるか。テスト作ったのは俺だぞ」
「先生の教え方が上手なんですー」
「それなら他の生徒ももっといい点取ってくれるはずなんだがな…」
「え、平均何点でしたっけ?」
「学年平均で42点だ」
「あ、そう」
そこまで低かったとは佐助も思っていなかった。
多少難しい問題も織り交ぜてはあったが、ほとんどは基本問題が並んでいたはずだ。ちゃんと授業さえ聞いていれば答えられた問題のはずだったというのに。
「だから、なんでだ?歴史で100点取れるなら暗記モノはある程度いけるだろう」
「だーかーらー、買いかぶりすぎですって。俺様そんなに頭…」
「良いだろう」
頭は良くない、そう言おうとしたのに、やたらときっぱりした言葉にそれを遮られた。
どこからその自信が沸いてくるのか知らないが、教師はいやに自信ありげにそう宣言する。
「お前は記憶力は良いはずだ。頭の回転も速い。機転も利く。合理的に動くことだって、」
そこではっとしたように、その教師は口を噤んだ。
「やけに俺のこと詳しいみたいだね。…買いかぶりすぎだとは思うけど、何。調べたの?」
得体の知れない空気に、自分の言葉から敬語が外れてしまっていることに気付かなかった。
しかし目の前の教師にもそれを指摘するような余裕が無いのか、あちこちへ視線をやってどうにも落ち着きがない。
「いや、別に調べたのではなく…その、何となく知ってるというか、予想というか、野生の勘…?」
「あんた野生の意味知ってる?」
「うっ、野生というよりもだな…。教師としての勘だ。そう、教師の!」
そんな風に思いついたように力説されても説得力など無いが、確かにこの教師の言う通り、佐助はもうちょっと頑張ればもっとまともな点数がとれるだろう。自分で言うのもなんだが頭の回転も遅くはないし、記憶力だって悪くは無い方だ。
しかしそれを補ってあまり余るほどに、佐助にはやる気というものが欠落しているのだ。
はっきり言って、あらゆる物事にやる気が起きない。
…ただ一つを除いては。
「第一、ある程度の難問も混ぜておいたテストで何度も100点をとっておいて“頭が良くない”は説得力が無さ過ぎるぞ、お前」
「いや、それは…」
佐助だって何度手を抜こうと思ったかしれない。他の教科が底辺を這っているような点数の中、歴史だけ飛びぬけて成績が良かったら注目されて当り前だろう。
そんな面倒なことを佐助が望むわけないのだから、例えテストの答えが分かったとしても間違った答えの一つや二つ、書いておけば良かったのだ。
けれど、できなかった。
できなかった理由は、この教師にある。
「嬉しそうに笑いやがって…」
「は?」
「こっちの話ですよ」
そう、こっちの話だ。
佐助のテストを返却する時に、この教師が本当にもう馬鹿みたいに、破顔一笑とはこのことかというほどの笑顔を浮かべていたからといって、別に何がどうというわけでもない。
ただ、もう一度見たいと思ったのは佐助の勝手だ。
「恋する乙女かよ…」
「おい佐助…お前さっきから一体どうしたんだ?」
訝しげに教師が佐助の顔を覗き込んでくるが、その問いに返す答えを佐助は持たない。
それよりも、この教師はいつから佐助を名前で呼ぶようになったのだろう。初めは名字で呼ばれていたはずなのに。
「ああ違う、俺が自分で“佐助”で良いって言ったんだ」
何て珍しいことを。教師に名を呼べという生徒なんてあまりいないんじゃないだろうか。佐助だってきっと初めて言ったはずだ。
しかし佐助も珍しければ、この教師も相当珍しい。他の生徒は名字で呼ぶのに、臆面もなく平然と佐助を名前で呼んでいる。例え本人から“名前で呼べ”と言われたからと言ってそう簡単に実行するようなことなのだろうか。
「佐助?」
今だって、こんな自然に名前を呼んで。
不安げな顔をして覗き込んでくる。
「何でも無いですよ」
こんな些細な特別扱いに、ちょっとした幸福を見出していることに苦笑して、佐助は何かを振り払うかのように立ち上がった。
「こら、佐助!」
話が終わっていないのにいきなり席を立つのはマナー違反だ。佐助もそれは重々承知しているが、このままここにいたら何かが崩れる気がした。
だから叱責の声を上げた教師に背を向けて、教室の出口へと足を進める。
「こ、こら佐助!」
全然足を止めない佐助に驚いたのか、後ろから足音が追いかけてくる。このまま走って逃げてしまおうかとも思ったが、佐助は逃げずに振り返った。
「先生」
若干眦を釣り上げて怒っているその教師へ向けて呼びかけると、勢いをそがれたのか立ち止まってどもった。
「な、何だ」
そんな反応にうっかり吹き出しそうになりつつ、佐助は悪戯っぽく笑うと宣戦布告のように言ってやった。

「多分俺は、あんたが全教科担当してたら、全部100点とるよ。真田先生」

一瞬驚いたように目を見開いて固まった教師をしり目に、手をひらひらと振って教室を後にした。
笑顔が見たいと思ったから必死に勉強した、とは口が裂けても言えないけれど、これくらいの軽口は叩けるのだ。
最後にみたあの教師の驚いた表情を思い出しつつ、佐助は追いかけてこないうちにと足を速めた。























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 写真合戦の時に並行して書いていた先生と生徒ネタです。
 年齢逆転で幸村が先生っていうのも何だか新鮮だなぁと思ったため書き始めたのが始まりだった気がします。

 記憶は幸村だけあって、佐助は全然覚えてない設定です。
 でも、何故か特別扱いしてると良いと思いました。
 幸村からしてみれば、佐助は全然「真田幸村」を覚えていなくて若干凹んだ後に、
 目に見えるやりかたで特別扱いされて泣きそうになってると良いと思います。