■淡雪小雪










火鉢にくべられた赤々と燃える炭が絶えず熱を吐き出している。
どうも火の異能を宿したこの身の傍だと火の気は強くなるらしく、火入り悪い安物の炭でもずいぶん素直に熱を宿してくれるのだそうだ。
しかしだからと言って城の主に粗悪品の炭を使った火鉢をもってくる家人など上田には一人としていない。
赤々と今幸村の目の前で燃えている炭は、質の良い黒々とした大振りの炭ばかりだった。
「質の悪い炭に火を入れる時は手伝ってやるか…」
なかなかに健気な家人たちを思ってそう呟けば、庭に面した戸の外でふわりと空気が揺らめいた。
「戻ったか」
外へと声をかけてやれば、心得たようにその揺らめきが室の中へと吹き込んできた。
外の冷気を巻き込んで、暖められた部屋の空気がそっと切り裂かれる。肺を満たす空気にも僅かにその清涼な冷たい空気が混じった。
「よ、ただいま旦那」
「うむ、よく戻った」
軽い調子で掛けられた言葉に、幸村も当たり前のようにいらえを返した。
「長旅ご苦労。…佐助」
「はぁ、もうくったくただよ。なんてーの?やっぱりこっちは季節の足が速いや。帰ってくるのが嫌になっちまうよ」
そう言って肩を竦めた佐助は、戸に一番近い位置で膝を着いている。
傍に寄ってこないのは冷え切った己の体を意識してのことなのか、そこから動こうとしない。
「そう言うな。ほら、火鉢をやろう」
冷気を振り払うために一番の熱源を佐助の方へ押しやってやると、佐助は素直に火鉢へと身を寄せた。
未だ幸村とは数歩分ほど距離があいているが、まるで冷気の塊を前にしているかのように冷やりとした空気がそこから漂ってくる。足下から板間を伝い、じわりじわりと暖まった空気を浸食していくようだ。
「そうとう体を冷やしたようだな」
「そりゃあもうね。“あったけー”とか言いたいけどさ、何かもう麻痺してて分かんねぇくらい。今なら炭だって素手で掴めるかも」
「馬鹿者、火傷するぞ」
「冗談だっての。物の例えだよ」
「お前ならやってのけそうだからな」
「はは、まぁ一応誉め言葉ってことにしとこうかな」
「うむ、とっておけ」
「はいよ」
佐助が節目がちに笑ったその返事で、一旦会話が途切れた。
そろそろ本題に入るべきか。
そう思って口を開こうとしたところで、佐助の仕草が目にとまった。
何とか冷えた体を常人に近づけようとしているのか、火鉢に手をかざして何度もすり合わせている。途中拳を握ったり開いたりしつつ、地味に奮闘していた。
しかしその努力も虚しく体は一向に温まってはいないらしい。
「…佐助」
「ん?」
「試しに手を貸してみぬか?」
「手?」
「ああ、手だ」
そう言って幸村が手を差し出せば、一瞬の沈黙の後、佐助もおずおずと手を差し出してきた。別に取って食ったりするつもりはないのに、佐助は妙に警戒している気がする。
しかし幸村はそんな些細なことは全く気にせず、差し出された佐助の手を包むように握り絞めてみた。
「…冷たいな」
漏らした感想の通りに、佐助の手は氷のように冷たかった。
握っていれば徐々に体温も戻るだろうと思ってはいたが、そんな楽観的な考えすら許さないほどこの冷たさはしぶといらしい。人より体温が高いと常日頃から言われている幸村がしばらく握っていても、佐助の手は一向に温まる様子が無かった。
「別に体温くらい後で何とでもするけど?あんたが気にするようなことじゃないって」
「いや、しかし…」
ここまでしぶとく冷たいと、無性に温めたくなってきてしまう。
湯にでも放り込めば一発だろうが、生憎湯の準備はできていない。温かい白湯があれば飲ませてやれるが、厨も既に火を落として時がたち過ぎている。こうなったらどうするか。
「おーい旦那、報告。報告聞くの忘れてない?」
深く考え込んでいると佐助が声をかけてきたが、幸村はそれを後回しだと綺麗に無視した。
「炭の火入りも良くなると言っておったしな…」
「は?」
「うむ、やはりそれがいい」
「や、だから何ですか?」
苦笑いを浮かべて聞いてくる佐助に、幸村は一つ笑い掛けると、手を握った状態のまま膝立ちで佐助の傍へと移動した。
「…ホントに何なんですか」
明らかに警戒している佐助は何とか幸村と距離を取ろうとしているようだが、繋いでいる手がそれを許さない。
幸村はそんな佐助の様子をおかしく思いながらも、とりあえず一つだけ宣言した。
「報告を聞こう」
「へ?」
佐助にとっては幸村のこの発言は意外だったのだろう。
どこからみても何か企んでいそうな幸村が傍へと寄って来たのだから、そりゃあ警戒もする。
しかしその状態で、まともな発言が飛び出て来たのだから、如何に佐助と言えど驚くだろう。佐助にしては珍しく素で驚いたように間抜けな顔を晒した。
けれど、佐助の警戒心はある意味正解だったのだ。
不意を突いたのが良かったのか、それとも佐助がわざと避けなかったのか。理由は分からないが、幸村は佐助の背中を取ることに成功した。
「へっ?!何?!何で?!」
「この方が温かいだろうが。自分で言うのも何だが俺は体温が高いらしいからな」
「そりゃ知ってますけど、いくら何でもこの体勢は…」
恥ずかしい、と続けようとしたのか、立場的に不味いとでも言おうとしたのか。
佐助が言葉を濁してしまったせいでその先は分からなかったが、幸村は佐助の背に凭れかかったまま動くつもりはない。
「多少重いくらい我慢しろ」
「えー?」
不満そうな声が返ってきたが、振り払ったり忍の技で逃げたりしないのだから、これはこれで一応佐助に許容されたのだろう。
「前に火鉢、後ろに俺。完璧ではないか」
自分のとった策を満足げに呟くと、幸村は遠慮なく佐助に体重をかけてやった。
「…重い」
短く文句が返ってきたが、どうせいつもの軽口なのだろう。かけた体重を幸村は緩めるつもりはない。
それよりも、どうにも佐助の背は収まりが良すぎる。
顎を置くにも良い位置に肩があるし、胡坐をかいた背の丸まった姿勢は体重をかけるには持って来いの傾き具合だ。この体を温めるために背に乗っかったというのに、これでは寝こけてしまいそうになる。
普通はぽかぽかと体が温まったら眠気が訪れるというのに、佐助の纏った冷気によって僅かに冷えつつある最中にこんな眠気が訪れるとは。やはりこれは佐助の姿勢が体を預けるのに適しているからなのだろうか。
そんなことを大真面目に幸村が考えていた時だった。
幸村の顔のすぐわきにある佐助の頭が、一瞬だけかくりと落ちた。
「……やべ、寝そう」
「?」
次いで響いた佐助の声は、言葉の通りかなり眠そうなもので。
人が眠くなる時は、大抵体がぽかぽかとしてくるものである。
注意深く触れた背の体温を探ってみれば、確かにさっきよりも温かくなってきてはいる。
火鉢の近くに下ろされている手を取ってみれば、氷のように冷たかったそれも、やっと小さく熱を取り戻し始めていた。
「やっぱりあんた、あったけーわ」
「ふふ、火鉢より効果があったみたいだな」
「いやいや…いったい何と張り合ってんですか」
呆れたように響く佐助の言葉には答えを返さず、幸村は明かりとりの障子窓へと目を向けた。
ときおり影のようにちらちらと掠めるその正体は、雪だろうか。
「うわ、雪が舞ってら…」
幸村の見ているものが分かったのか、佐助が幸村の口にしたかった事を言ってくれた。

部屋の外には雪が舞っている。
そろそろ息すら凍る厳冬がやってくる。
けれど、ここなら寒くはない。
幸村はそう思って、徐々に温かく感じ始めた佐助の背を抱きよせた。

たまにはこうやって、童子のようにくっついてみるのも良いものだと。
























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舞雪さんへのお誕生日のお祝いとして貰って頂いたテキストです。
お題を「冬」っていただいたのですが、ちゃんと冬のテキストなのかは微妙です。
書いていた当初は「タイトル:チャッカマン幸村」でした。
お祝いに適さないお名前だったので、慌てて題名変えました。
私ってセンス無いなぁ。
ですが貰ってくださった舞雪さんに全力で感謝。
そして12/2にお誕生日おめでとうございます^^