好き 






「みたらし、あんころ、みたらし、…あんころ、みたらし」
縁側に腰掛けてその単語を交互に何度も繰り返しつつ、それはもう真剣にそれをやっていると空から声が降ってきた。
「何やってんの…?」
降ってきたのは佐助の声で、掛けられた言葉である問いかけの理由も最もだと思ったが、今はそれどころではない。
「あんころ、みたらし、あんころ」
「いやいやいや…本気で何やってんのっ?!」
「みたらし、あんころ、“みたらし”!」
やっと最後の一枚を千切り終えて一息つけば、答えを返されぬことに痺れを切らしたのか佐助自身が空から降ってきた。
「ちょっ…あんた一体何やってんのっ?!」
佐助は音も立てずに地へと着地すると、縁側の下に広がった大量のそれを見て素っ頓狂な声をあげた。
「花占いだ」
「花占いって…うええっ?!」
特に隠す理由もなかったので素直に答えを口にしたが、どうにもその答えは佐助にとって理解しがたい物だったらしい。わざとらしいほどに大仰な仕草で顔を顰めると、地面へと散らばった多数の白い花弁とこちらの顔を交互に見比べ、酷く失礼な表情をしている。
「何かおかしいか」
「いや、全部おかしいけど…」
表情だけでなく発言までも失礼極まりない。しかしそこは怒鳴らず「どこがおかしい」と冷静に問いかける。
けれどやっぱり佐助は失礼だった。
「いや、あんたが花占いとかいう可愛らしいことやってること事態おかしいし、その上どこでそんなの覚えてきたの…っていうか。いや、まずそれ以前に二択が“好き、嫌い”じゃなくて“みたらし、あんころ”ってーのが意味分かんねぇ」
「お前はそう言うがな。別に好き嫌いでなくとも慶次殿は二択で迷った時に使ってもいいと言っておったのだぞ?」
「あいつか旦那にこんなこと吹き込んだのはァァァッ!あのちゃらんぽらんの風来坊ォォォォ!!」
佐助は何故か西の空に向かってそう絶叫した。
そして今度はこちらに向き直って結構な勢いで捲くし立ててくる。
「旦那、別にこれをやるなとは言わねぇよ!でもさ、みたらしあんころみたらしあんころ…って呪文みてぇに繰り返すのやめてくんない?何かもう俺様微笑ましいと笑えば良いのか間抜けな姿を泣けば良いのか分かんねぇよ!!」
「お…おお?」
後から考えてみれば相当失礼なことを言われていたような気もするが、この時は佐助の様子があまりにも必死すぎて幸村はついつい頷いてしまった。
それに一つ条件をつけてくれたのもある。
「ほら、迷ったんなら両方買ってくるからさぁ!」
「まことか!」
その一言で全部がどうでも良くなってしまい、幸村は結局上機嫌で佐助の言うその条件を承諾した。
しかし、それでも本来の花占いがどういったものなのかは気になる。
「で、結局これは何を占うものなのだ?」
「あんた知らなかったのかよっ!」
「あ…ああ」
幸村はあの風来坊から“好き嫌いを占うものだ”と聞いていた。幸村にとって甘味は占うまでも好きなものだったので、どうせなら有効活用しようとみたらしとあんころの二択で悩んでいたのだ。
しかし、幸村はまずそこから間違っていたらしい。
「あのさぁ、これは相手が自分のことをどう思ってるかっていうのを占うやつでね…」
「は?」
「だからぁ、自分の好き嫌いじゃなくって、相手が自分を好きか嫌いかを占うの!」
…ということは、まずあんころみたらしの時点で大間違いではないか。いやいや、その前にあの前田慶次が大嘘を教えて言ったことになる。いや…?そう言えばあの風来坊は「好き嫌いを確かめる占いだよ!」と言っていたような…。ではその対象物が何かを勘違いしたのは自分の責任か?いや、それよりも人の心をこんな千切った花びらなどで占うのは失礼なのではないのか?
佐助が告げたその真実に、幸村はそんな風にぐるぐると考え込んだ。
「む…ぅぅ」
「こらこら、そんなに深く考え込まない!どうせあの風来坊のことだから“市井で流行ってたから〜”とかいう軽い理由で教えて行ったんじゃねぇの?」
「そう…か?」
「そうそう!手遊びのつもりで考えときゃいいんだよこんなの」
「ふむ…手遊び」
そこで幸村は考えた。
遊びと言うなら、確かめたいことがある。
いつも何を考えているか分からなくて、飄々とした態度で何事も軽くかわし、へらへらと軽薄な笑みを浮かべるこの男。
そんな捉えどころのない男の真意を、ここで真剣に問うたら何と答えるのか。それは聞きたいとは思わない。けれど、遊びだというなら。
誤魔化しも冗談も含めた、ただの遊びだというのならば。
それなら己は聞いてみたい。
「じゃあ、お前で占ってやろう」
「え、俺様ぁ?!」
「ああ、お前だ」
もし“嫌い”と出たら、散々からかってやろう。
そんな思いで意地の悪い笑みを浮かべてやると、佐助は不意に同じような笑みを浮かべて返してきた。
そして人差し指を立てて不敵にこう宣言する。
「んじゃ、必ず“好き”から始めて下さいよ?」
「ああ、良いぞ?」
どうせ何から始めても、あれだけたくさん花びらが付いていたら終わりなんて分からなくなる。そう思っての承諾だったが、何故か佐助は自信満々だ。
そんな佐助は表情を変えることなく、片手で何かを虚空へ投げるような仕草をした。いきなりのことだったので目でしっかりと追うことは出来なかったが、あの速さの動きを認識できただけでも良しとしたい。それに次の仕草の方はちゃんと捉える事が出来た。
空からひらりと降ってきたそれを、佐助がそっと受けとめたのだ。
そして佐助はそれをこちらへ差し出してくる。
「さ、どうぞ」
「いや…どうぞって」
「だから、花占い」
「いや…花占いって」
咄嗟に受け取ってしまったものの、それで花占いを始めろと言われても困る。
だってそれは。
「お前…これ」
「ん?」
にやにやと機嫌良さ気に笑うその表情がどうにも腹立たしい。
「これ、このっ花」
「うん、どうぞ?“好き”からどんどん始めちゃって?」
「……っ!!」
何かを言い返そうとして、何を言っていいか分からなくなって結局声が出なかった。
とりあえずこの手の中にあるその花、…アサガオの花弁を引っ掴むと一息に引き千切る。

馬鹿みたいに『好き』と宣言して。





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「花」のリクエストをいただいたお礼テキスト二点目。
雨毎さんの舞雪さまへの捧げものです。