彩降る褥 









「佐助っいるか?!開けるぞ!!」
「いるけどちょっと待…!!」
主の勢いのよい声に佐助は慌ててそう返したが、静止の声も虚しく襖は主の声に準じて勢いよく開かれた。
すぱんと軽快な音を立てて開いたそれと同時に、騒々しいというか、騒がしいというか、煩いというか、喧しいというか、とにかく元気な勢いで部屋へと幸村が飛び込んできた。
「何だ、着替え中か?」
「いや包帯巻きなおして…ってあああんた何つー恰好してんだよっ?!」
佐助が目にした幸村の姿は、着流し一枚に裸足。しかも裾をたくし上げて膝上まで足が見えている。その上その足が泥だらけというのだから、もうこれではその辺の童子と同じである。
「うわぁ…またどこでそんな泥だらけになってきたわけ?ほら、これで足拭いて!」
ちょうど包帯を巻きなおしていたところだったため、水桶やら手拭いは揃っている。その内の一枚を幸村へと放り投げれば、なぜかそれは受けとめられずに体に当たって床へと転がった。
「旦那?」
何で受け取らないんだろうと名を呼べば、幸村は困ったように笑ってそろりそろりと近づいてきた。泥で足が汚れている自覚はあるらしく、なるべく部屋を汚さないようにつま先立ちで歩いてくる。その努力は残念ながら報われていないが、気遣いだけは認めてやろう。
「すまんな佐助、後で床はちゃんと拭いておく」
「いや、ついでだし俺がやっとくよ。片腕は使えるし」
そう言って包帯の巻かれていない方の腕を上げて見せると、幸村は佐助のすぐ傍までやってきた。
「けが人にそんなことさせられるか馬鹿者。…それよりも見舞いだ」
「見舞い?」
「そう、見舞い」
幸村はまるで獣のように目を楽しげに細めると、この部屋へ入って来てからずっとたくし上げたままだった着流しの裾をふわりと手放した。
瞬間、はらはらと舞い落ちてくる沢山の花。
「わ、あ」
薄紅、白、紫、そして橙。
様々な色彩が佐助の上に降り注ぐ。
柔らかな薄紅色の花を咲かせる撫子と、今が見ごろの桔梗は紫。羽根のようにたくさん降ってきた白は夏椿と鈴蘭だろうか。
そしてそれらの色彩を凌駕するほど大量に降ってきたのが溢れんばかりの橙の花。見たところどうものうぜんかずらのようで、淡いその色が広げたままだった褥の上に散らばってとても美しい。
「凄い、何これ、集めてきたの?」
「ああ、さっきまで山に入っていてな。もう桜は終わってしまったが、今の季節でもなかなか綺麗なものだったぞ」
だから、お裾わけだ。
そう言って幸村が、それこそ花のように笑う。
「初めは遠駆けの寄り道のつもりで山に入ったが、そののうぜんかずらに釣られたようだ」
「確かにこれが一番多いね」
「うむ」
幸村は佐助の言葉にうなずくと、足元に散らばっていたそののうぜんかずらを一つ摘みあげ、佐助のほうへと掲げて見せた。しっとりと濡れた花弁が佐助の目の前にくる。
「これは何色に見える?」
「橙色じゃないの?細かく言えば少し淡いけど」
「ああ、そうだな」
幸村は何故かとてもうれしそうに笑って見せた。
そして指で摘んでいたその淡い橙色の花弁をぱらりと手から放し、今度は変わりに佐助の髪へと触れてくる。
「…?」
行動の意味が分からず目で幸村に問いかけると、幸村は困ったように笑って口を開いた。
「比べてみると、あまり似ていないな」
「ん?…何が?」
「お前の髪の色と、のうぜんかずらの花の色だ」
「あ、…うん?」
確かに佐助の髪の色は黒や茶といった一般的な色合いからはかけ離れた色をしているが、のうぜんかずらほど淡い色合いでは無い。もう少し黒味の強い、花の色よりはまだ髪らしい色合いだ。
しかし幸村が言いたかったのは別のことだったらしい。
「実はな、お前かと思ったのだ」
「へ?」
「山で視界を掠めるこの色が」
残念そうというか何というか。幸村は少し不貞腐れたような顔でのうぜんかずらの花を示した。そして手は佐助の髪を一房つまんで、悔しそうに溜息を吐く。
「風が吹く度に枝葉が揺れて橙の色彩が揺れるのだ。…それにいちいちお前が来たのかと反応する俺が馬鹿みたいではないか」
「………。」
「全く、早くその折れたという骨をくっ付けろ。そして山へ行くぞ」
「………。」
「ちょうど麓にある池の蓮が見ごろでな。花が散る前に行かねば勿体ない」
「………。」
「誰が植えたものか知らぬが、なかなかに見事なものだったのだぞ。花見のようには騒げぬが…ん?」
「………。」
「佐助?お前…聞いているのくわぷっ」
とりあえず佐助は顔を幸村に覗きこまれそうになったのを、掴んでいた手拭いで遮って阻止した。山の空気のせいかそれとも小雨に降られたのか知らないが、幸村の髪はほんの少ししっとりと濡れている。このままの状態で放っておくよりは吹いた方がまだマシだろう。だから手拭いを咄嗟にぶん投げた言い訳にもおかしくはない。
「分かったから頭拭きなよ。濡れてると風邪ひくぜ?」
「だからと言っていきなり手拭いを顔面に被せるな!びっくりしただろうが!」
「そりゃすみませんね。…とりあえずじっとして」
折れてはいない方の手で頭をわしわし拭いてやると、その感触が気持ち良いのか幸村は動かなくなった。
本当にこういう時は扱いやすくて助かる。
「佐助」
そうやって緩んだ表情を見られなくて済んだことにこっそり安心していると幸村に名を呼ばれた。
「何?」
すっかりいつもの調子を取り戻して答えれば、幸村はこんなことを言った。
「もう顔を上げて良いか?」
「え?良いけど」
大体の水分は拭き終えたし、第一もともとそんなに濡れていなかったから問題はない。
そんな意味で答えた言葉だったが。
幸村はどうも、最近意地の悪い物言いを覚えたようなのだ。

「緩んだ顔は元に戻ったか?」

酷く楽しげに言われたその言葉に、何とも居た堪れない思いが込み上げてくる。
「気づいてたのかよ…」
「隠すようなことでもあるまい」
そう言って幸村がにやりと笑ってこちらの頬をぐにゃりとつまんでくる仕草も含め、何やら全部が恥ずかしい。
「早く治せよ?お前がいないとどうも落ち着かん」
駄目押しのように言われた言葉に、今度は顔に熱が上がるのが分かったけれど、何故か今日はそれを制御できない。
求められるがまま馬鹿正直に感情を表し、降参とばかりに返事を返す。
「…ひゃいよ」
つままれた頬にかかる指は言葉を阻害するほどのものでは無かったけれど、そうやって茶化したのはせめてもの抵抗だった。

とりあえずこの恥ずかしい人を、誰かどうにかして下さい。





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「花」のリクエストをいただいたお礼テキスト一点目。
雨毎さんの舞雪さまへの捧げものです。
貰って頂き感謝です!