聖夜に撃沈!へべれけ十勇士☆
「し…屍累々…」
大量にあった洗い物を片付け、台所から戻った佐助は、目の前に広がる光景の酷さに思わず呻いた。
上質な三人掛けのソファのど真ん中に幸村が座り、ゆったりとグラスを傾けている。
薄いワイングラスの中で揺らめいている液体は赤。今日才蔵の手によって大量に持ち込まれたワインを飲んでいるらしい。
それは良い。
それは良いけれど、他が全て駄目だ。
一人掛けのソファに膝を組んで座った才蔵が、顔を伏せてぐったりしている。…完全に意識がない。
テーブルの傍には三人ほど仰向けで転がっている男たちがいる。こちらも完全に意識がない。
そして元忍としての根性で壁際に移動しようとしたのか、海野が壁に手を伸ばしている状態で落ちている。本気で死体っぽい。
残り四人は頑張って壁際まで辿りついたのか、思い思い端っこでこっそり意識を飛ばしている。
…意識を飛ばしている時点で忍んでいるのかいないのか判別付かないが。
「だ…旦那、これ」
「おお佐助、片づけを全て任せてしまってすまなかったな」
「いや、それは良いんだけど」
これ何。
言いたかった言葉は、何故か出てこなかった。
その辺に落ちてるやつらはこの際どうでも良い。それより幸村だ。
もともと気配に敏い幸村は、佐助がはじめに呟いた屍累々発言の時点でその存在に気付くのが常だ。
しかし今は佐助が問いかけるまで気付かなかった。いつもより明らかに感覚が鈍っているということだ。
…どうやら相当飲んだらしい。
「あんたどんだけ飲んだの?」
呆れ半分でそう問いかければ、幸村が酒のせいで潤んだ目を向けた。色んな意味で破壊力抜群だ。
「飲み過ぎは良くないよ」
そう言ってワインの入ったグラスを奪おうとすると、ひょいとその手が逃れて一気に中身が煽られる。
「あ」
たかが酔っ払いと侮っていたが、動きはいつもと変わりない。
せめて次は阻んでやろうと、空のグラスとボトルを机の端に遠ざけた。
「ってこれボトルも空っ?!」
手に掛った負荷の軽さに中身を確認すれば、もう数滴も残っていない。
周囲を見渡して他のも確認するが、床に散らばった大量のボトルも全て空のようだ。
「うっわぁ…あんたホントにどんだけ飲んだの」
「床に転がっている分は殆んど俺の腹には入っておらん」
「だとしても相当な量飲んだろ?」
「……」
沈黙して目をそらす幸村の表情が、それを肯定だと伝えてくる。
「…全く」
グラスに触れていたせいで濡れた指を服の裾で拭おうとしているのを掴んで阻み、反対の手は幸村の顎へと伸ばす。
「…?」
幸村が不思議そうな顔でそれを眺めるのを見、佐助は顎に添えた指を、く、と上へ持ち上げた。
自然、幸村の顔が上に向く。
座る幸村の足の間に片膝を付き、体重を掛けるごとに上質なソファがゆったりと沈む。
そのまま前へと体を傾け、顔と顔の距離が拳一つ無いというところまで佐助の顔が近付いた時点で、幸村がはっと息を呑んだ。
その目が見開かれ、顔にぱっと朱が昇る。その赤はきっと酒のせいではない。
しかし佐助は幸村が慌てているのを知りながらもそのままの位置で静止し、酔いの回った熱い呼気を感じるとあっさりと離れた。
「……っ」
急に離れた佐助を見ながら、何も言えずただ顔を赤くして固まっている幸村に、佐助はにっこりと笑いかけ一言。
「やっぱり相当飲んでるね。あんた酒くせー」
「う、うるさい」
頬の熱を冷まそうとしたのか、幸村は佐助に握られたままの手を振りほどき、そのまま自分の頬に押しつけた。
それを佐助の手も追いかけ、幸村よりもずっと冷たい手でその頬へ触れる。
「う…」
冷やされたというのに余計に赤くなった頬をゆったりと撫でて、佐助が意地悪く微笑んだ。
「キスされるかと思った?」
「……っ!!!」
その瞬間ぐわっと耳まで赤くなった幸村が、口をぱくぱくさせて何か言い返そうとした。
「あ、図星?」
佐助が更に意地の悪いことを言えば、幸村は怒ったように顔を顰め、口を噤んた。しかし怒鳴るようなことはせずに、未だに近い距離にある佐助の首をがっと掴む。
何をされるかよりも、その指の力の方に意識を持っていかれた佐助は「痛い」と文句を言って茶化そうとした。
そしてその為に口を開こうとしたところで、いきなりその口を塞がれた。
目を瞑る暇もなかったため、眼前に飛び込んできたのは近すぎて焦点の合わない主の顔。
散々見続けているため、たとえ焦点が合わなくとも端正な顔だと分かるそれ。
…睫毛が長い。
しかしそんなこと考えている場合ではない。
「ん…」
唇に触れる柔らかい熱に流されそうになるも、すぐ傍に感じる酒気を孕んだ呼気のせいで理性が存在を主張する。
つまり、この人やっぱ相当酔ってんじゃないの?と。
普段なら「破廉恥!」と言ってこんなこと絶対しない。そして悲しいことにさせても貰えない。
けれど今はどうだ、佐助からそれっぽいことを仕掛けたとは言え、幸村からこんな。
「〜〜〜〜っ」
実際それを意識すれば、頭が沸騰する。
その上薄く唇を開き、ゆるく噛むように唇を合わせてくるのだから色々、ホントもう色々大変だ。
「ちょっと、だん…んむっ」
理性が切れる前になんとかしよう、そう思って首に食い込む指も何のその。僅かに距離を取って呼びかけるも、力で幸村に敵う訳がない。そう多く言葉を紡ぐ前にまたも塞がれてしまった。
このまま流されてしまいたい。
甘美な誘惑の潜む選択肢が頭をよぎり、それに喜んで賛成しようとした瞬間、声がした。
「んー」
幸村でも佐助でもないそれは、その辺りに転がっている屍1〜9のどれかのものだ。
この空間には、第三者どころか、数えるのも面倒なくらい大勢の人間がいる。
それに気付いた瞬間、頭が一気に冷めた。
背筋を嫌な汗が伝い、カチコチと体が硬直する。
やばいやばいやばいこいつらいたんだっけマジやばいどうしよこれ、と頭の中でわたわたと佐助が混乱し始めたところで、首の拘束が外れた。
それと同時に唇も離れ、とられた距離により幸村の表情が見えるようになる。
「…あらら」
佐助も相当やばかったが、周りを忘れていたのは幸村も同じだったようで、決まり悪げに視線を彷徨わせている。
すっかり頭も冷めたらしい。
こんな微妙な空気で真面目に声を掛ければ余計に気まずくなる。そう思った佐助は、さっきと変らず意地の悪い笑みを浮かべ、幸村を小突いた。
「こーの酔っ払い」
くつくつと喉で笑いながら、次第にその笑みを大きくしていく。
「とりあえず胃に水入れときなよ」
陽気な声でそう言って、水を用意するために体を離す。
しかしそれを幸村が止めた。
「ちょっと、水用意すんだから」
掴まれた腕を振り払うことはせず、首を傾げることで放して貰うよう意思表示する。
しかし幸村は、掴む腕に更に力を込めた。
「お前は素面か」
「グラス一杯は飲んだよ」
「そんなもの飲んだ内に入らん」
「って言われても…」
幸村が何を言いたいのかは分からないが、酔っているのは分かる。とりあえずやるべきことは水の調達だ。
そう判断して食い込む指を外そうとしたところで、幸村が立ちあがった。
「酔いが醒めた、…飲みなおすから付き合え」
「えぇ?!まだ飲むの?!」
「鎌之助が持ってきたのを残してある。…あれは数万はするんじゃないか?」
「いやいやいやいや値段とかどうでもいいから!これ以上飲むのは絶対駄目!」
「馬鹿者。これくらいで俺が酔うか」
そう言って歩き出そうとした幸村が、言葉に反してふら付いた。
それを咄嗟に抱きとめて、佐助は呆れた声で説教をかましてやる。
「足元もおぼつかない人が何言ってんですか。ふらふらじゃないの」
そのまま抱えて寝室まで運んでやろうと思ったが、急に幸村が佐助の背に腕をまわし、ぎゅっと抱きついてきた。
それに疑問を覚える間もなく、首のすぐ脇を熱い呼気がくすぐってゆく。またも熱に絡め捕られそうなる意識を自覚したところで、耳許に低い声が囁かれた。
「…わざとだ」
消えそうなその声を佐助が理解すると同時に、首筋に柔らかな熱が押しつけられた。
「△※×%(▼皿▼)#っっ?!」
今度は佐助が耳まで赤くなる番だった。
声にならない声を上げ、沸騰しそうな頭に上った熱を逃がそうとして逃がせず、その上砕けそうになった膝を立て直すことに失敗した。
混乱以外の行動を全くとれず、かくんと倒れそうになる。それを幸村ががっちり捕まえてくれてしまった。
…泣きたくなるほどの敗北感だ。
「〜〜〜っこの酔っ払い」
「あれだけで俺が酔うか」
「この酔っ払い!!」
同じことを二回言っていることにも気付かず、佐助は未だぐるぐる回っている頭を落ちつけようと努力する。
息を吸って吐き吸って吐き、煩いくらい鳴りまくっている心臓を宥めすかす。
そして何とか足に力をこめると、自力で立つことには成功した。
「もー…あんた一体どうしちまったのっ」
力無い声かと思えば、語尾は堪えたように粗くなる。不安定に揺れる自分を自覚しながら、佐助は心底疲弊した理性を総動員して言葉を続けた。
「ほんと、一歩間違えば俺、押し倒してますけど?」
この単語は幸村には禁止ワードのはずだ。このあたりで幸村をオーバーヒートさせて逃れないと大変なことになる。
つまり、いつもの「破廉恥!」の絶叫と共に殴られて自分を抑制しようという魂胆だ。
痛い思いをしないと止まれないというギリギリの状態だということに泣けてくるが、酔った相手に何する気だと、残った理性と幸村に対しては元気よく働く良心が煩い。
もう殴って下さい。そう思って拳と絶叫を待った。
しかし、それが来ない。
「……?」
疑問に思いちらりと幸村を見た瞬間、足に衝撃を感じ、それと同時に景色がひっくり返る。
体が勝手に受け身を取り、どすんと衝撃が体を叩いたものの、そこまで痛みは酷いものではない。
しかしだ。
「えー?」
こんな時でも飄々とした声を上げる佐助の筋金入りのふてぶてしさは賞賛に値するものだが、体勢はよろしくない。
全くもってよろしくない。
佐助が理解しているのは、足払いを掛けられたことと、自分が床にぶっ倒れていることと、幸村が上に圧し掛かっていることだ。
それを理解しているのなら、一応普通の反応が出来る。
「ちょっと待ってちょっと待てぇぇぇっ!なっなんで俺が押し倒されてんの?!」
「こうも簡単に決まるとはな」
得意げに笑う幸村の顔は、下から見ても男前。
うっかりそんなことを考えてしまう時点で思考が正常じゃない。
「あの、ちょっと旦那退いてくんない…?」
佐助の理性はさっきも今も焼き切れそうだが、上下位置が逆なお陰で別の危険信号が出ている。佐助にとってより重大なのは後者の方だ。
しかし佐助の慌てっぷりに反して幸村は実に冷静に見える。
「飲みなおすと言った時に素直に従っておけば良かったものを…」
口の片端を持ち上げ、男前に微笑みながら幸村はそんなことを言う。その上指が佐助の耳の後ろ辺りを撫ぜた。
反対側の手は、肩を床へ縫い止める勢いで抑えつけてくる。
…逃げられない。
「ちょちょちょっうわわわわ」
ぞくりと背を走った何かを気付かなかったことにして、恥を捨て去り声を上げる。
しかしあちこちを滑る幸村の指は動きを止めない。
頭の中がスパークしそうだ。
一瞬目の前で白く散った光に、自分で「既にスパークしてるじゃん」と突っ込んで、それを閃きだと勘違いすることにする。
思いついたのは、さっき流されかけた佐助の意識を引き戻した第三者×9の存在。
「ちょっと旦那っ、他の連中いるの忘れてない?!」
佐助にしてみれば、視線を横にずらせばその意識の抜け切った寝顔が目に入るのだ。胃に穴があきそうなほどスリル満点。冗談じゃない。
しかし幸村は自信満々にこう告げた。
「安心しろ、どうせ起きはしない」
「何でっ?!ちょっほんと勘弁!!ほら俺なんてちょっと視線上げたら才蔵見えるんだって!いつあの目が開くかと気が気じゃねえの!あの目が開く前に俺の胃に穴が開く!!」
「開かないから安心しろ。どれだけ飲ませたと思ってる?」
お前が飲める量を基準に量ったというのに、と不敵に笑った幸村の笑顔が黒い。
「いっ今でもこいつら酒強いじゃん!自分で、かっ加減忘れるほど飲まないって」
また動き出した幸村の指の感触を全力で無視し、必死に言い募る。
しかし幸村の方が上だった。
「俺が注いだ酒を、飲まぬような奴らだと思うか?」
「………。」
思わない。
口に出したら完全に負けだと分かったから言わなかったが、逆に沈黙がそれを肯定してしまっていた。
勝手に了解を得たと判断した幸村が、顔を近づけてくる。
何というか、佐助はもうその時点で唇の感触やら熱やらを思い出してしまい、抵抗するのを放棄したくなっている自分に気付いた。
場所と状況と体勢さえ無視すれば、願ってもないことなのだ。
…些か無視しなければいけないことが多すぎるが。
もうこのあたりで流されてしまおうか?
何度目か知れないその誘惑に、佐助が抗うのをやめようとしたところで、最後の疑問が浮きあがる。
「旦那、わざとこいつら酔い潰したの…?」
今となってはどうでもいいことかも知れないが、気になってしまったものは仕方がない。
しかももう口に出してしまった。
しかし何気なく口にした疑問だったというのに、幸村はぴたりと動きを止めた。
そして、僅かに頬を染める。
「え、あれ…やっぱり?でも何で…」
頭の八割を別の事に持っていかれているから考えが上手くまとまらない。
それでも、少しずつ整理していけば、答えは自ずと出てくる訳で。
突然押し掛けたお馬鹿さんたち。
煩いけど楽しかった。
初めは二人で過ごすつもりでいた。
傍迷惑な連中だけれど、幸村がああやって笑っていたのなら、それも良かったのだと思う。
けれど、それを全員酔い潰した幸村。
どうしてわざわざ?
佐助以外を?
「旦那…?」
結論に至った答えが、じわりじわりと佐助の体の熱を上げていく。
「旦那、教えてよ」
それを本人の口から言葉で聞きたいと思うことは、悪いことではないはずだ。…しかも主導権を握れる絶好の機会でもある。
言い淀む幸村の様子に自然と顔が緩み、何とも言えない感情が湧き上がってくる。
「言って。…教えてくんないと分かんないよ?」
「…分かっておる癖に」
さっきよりも更に顔を赤くして、幸村が顔を隠した。つまり、巧みに抑えつけられていた戒めが一つ解けたことを意味する。
その機を佐助が逃すはずもなく、素早い身のこなしで一気に体を起こした。
「…っ」
顔を隠した手の隙間から、佐助の動きを見た幸村が僅かに息をのむ。
しかし何か言われる前に、佐助が言った。
「俺のため?それとも自分のため?」
核心には触れず、そうやって遠まわしに追い詰める。
「旦那」
幸村が自分の顔を隠している手を掴み、そっと外して問いかけた。
抵抗をしないことに、答えを待たずにその口を塞いでしまいたくなる。
「自惚れて良い?旦那」
「自惚れも何も…っ」
さっきの強気な態度は何処へやら、視線を彷徨わせる仕草が頼りない。
そして、なかなか言ってくれない答えの内容が、愛しくて愛しくてどうしようもない。
「こいつら邪魔だった?」
「ばっ…馬鹿者、邪魔では無いからこんな回りくどいことをっ」
そこまで言って、もう答えを口にしたようなものなのに、幸村は口を噤んだ。
そしてそのまま佐助の肩へ顔を伏せて、諦めたように息を吐く。
「もう…良い。どんな自惚れだろうと肯定してやる」
疲れたように言われた言葉は肩口でくぐもって響き、そのあと幸村は顔を上げてこう言った。
「お前と、二人で過ごす時間も欲しかったのだ」
真っ直ぐ視線を合わせて、射るように言われたその言葉に、なけなしの理性は勢いよく吹っ飛んだ。
ちゃんと言葉で返事を返せたかどうかは覚えていないけれど、あの瞬間引き寄せて掻き抱いた体の熱はしっかり覚えている。
それもこれも、全部酒のせいだと言い張るのだ。
たとえ飲んだのがグラス一杯のワインだったとしても。
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大丈夫です。屍1〜9は本気で意識飛ばしてます。
幸村はお館様と一緒に飲むこともあるでしょうし、酒強そうです。
あ、でもこれ幸村も佐助も未成年だ。…ほどほどに。
それと、この後ちゃんと場所移したと思うのでご安心くださ…(脱兎)