燃えるキャンドルロード 




「ほう、綺麗だな」
買い物帰りにたまたま通った道が、キャンドルロードとか言う謳い文句で派手な装飾が施されていた。
雪でもちらつきそうな夜なのに、ここはそこかしこに灯った火のお陰でどこか温かい。
「おーあったけー」
「お前な、これを見て出てくるのがその感想か?」
呆れた声で幸村が問えば、その隣であっけらかんと佐助が言う。
「俺にとっちゃ寒さの方が大問題なの。寒いんでちゃちゃっと帰りません?」
「……。」
寒さのせいか少し早口の佐助に思わず幸村が呆れた表情を向ける。
偶然通った道がこんな風に綺麗に飾られていれば誰だってわくわくしてしまうものだ。それをこの男は全く理解していない。
現実的で全く面白みの無い感想しか言わないとは、クリスマスイブに何とも色気の無い話だ。
「っていうかさー旦那?俺からしてみればあんたの胃袋の方が大問題なんですけど?」
そう言って佐助は持っていたスーパーの袋を持ち上げて見せた。
今日はクリスマスイブという事でいつもより凝った豪勢な食事を用意することになっている。その支度がまだまだ終わっていないのだ。
「もともと今日はあんたの当番なのに、わざわざ俺様が用意するんだから」
「…っそれについてはお前も納得しただろうが!」
慌てて幸村が言い訳するのには理由があった。
もともと幸村はそんなに手先が器用なほうでは無い。
料理なら一応食べられるものを作ることくらいは出来きるが、それでもレパートリーと言えばふりかけご飯とか、卵焼きとか、目玉焼きとか、インスタントのラーメンとか、茹でて混ぜるだけのパスタとか、何とももの寂しいものばかりだった。
それをクリスマスイブに用いるのは流石に侘しすぎる。という事で佐助に「イブはお前が作ってくれ」とお願いしてみたところ、食材の買出しを幸村が担当するという条件で引き受けてくれた。
それで問題なく終わるはずだったのだが。
「納得したけどこうも大量に買い忘れをされると文句の一つも言いたくなるってもんだよなー」
そう、佐助が作った買い物リストに書いてある品を意気揚々と買って帰ったものの、何故か見落としがたくさんあったらしく料理を始めた段階で足りない食材がわんさか出てきた。
結局は佐助が「俺が買ってきます」と諦めた様子で上着を羽織り買い物に出かけることになったのだが、せめて荷物持ちだけでもと思い着いていくことにしたのだ。
クリスマス一色の華やいだ街をうろうろするのは楽しく、ついつい余計な物まで買い込んだせいで荷物が増えてしまったが、とても楽しかった。
そして日が暮れ始めた頃合に漸く帰路に着き、今に至るのである。
「今から帰って作り始めたとしても九時は確実に過ぎるね。…あんたそこまで我慢できる?」
「つまみ食いするから平気だ」
「馬鹿なことを胸張って宣言しない!つまみ食いなんてさせるかっての」
「ではボウルに着いた残りの生クリームを舐める」
「意地汚いことするなっ」
「…では味見で我慢する」
「まぁ、その辺で妥協したげるけどね。…そうと決まればとっとと帰りましょ。やっぱ寒い」
そう言って足を速めた佐助の後を追いつつ、幸村は脇を通り過ぎてゆく蝋燭の灯かりの群れを見遣った。
家に帰れば蝋燭くらいあると言えど、こんな風にたくさん灯されたものを直に見るのは初めてだ。
時に強く風が吹いてその火を揺らすのに、絶えず燃え続けている。吹けば呆気なく消えてしまうはずの弱い存在なのに、何故かあれらは中々消えない。
そのしぶとさがとても綺麗なものに思えた。
「旦那、余所見してると転ぶよ?」
「ああ」
そう返事をしつつも目は逸らせなかった。
「何か気になる?」
立ち止まって言った佐助が、同じように蝋燭の群れへと目を遣った。
そこで何となく思い出したのは、昔のこの男の言葉。
「お前、炎が好きだと言っていたな」
「え、…ああ。まぁ」
歯切れの悪い肯定を受け、にやりと笑う。
「では見ていろ」
「え…?」
佐助がそう聞き返した瞬間、蝋燭の火が一気に勢いを増した。
灯るという表現のしっくりくるような小さな火だったのに、瞬く間に燃え上がり、いつの間にか炎と称するにふさわしいような大きさになる。
「えっ…ええええぇっ?!」
素っ頓狂な叫び声を上げた佐助の声を掻き消すように、辺りから歓声があがった。
何かの演出だと勘違いしたようだ。
よくよく見れば元になっている部分は何の変哲も無い小さなキャンドルだと気付けるだろうに、聖夜の効果かそれを指摘する声は無い。
「これ、だっ旦那の仕業?!」
あわあわと炎と幸村とを見比べる佐助が言った。
「俺以外に誰が出来る?」
笑って幸村が肯定すると、佐助が顔を引き攣らせた。
「ちょっ良いの?!こんなことして大丈夫?!」
「火事にはしない」
「あっ当たり前だっての!」
「いいから見ていろ。どうせ燃え尽きれば終いだ」
幸村がそう言った瞬間、温められた空気が流れ、その髪を鮮やかに揺らした。
華麗に翻る炎自身よりも、その明かりに照らされた幸村の姿に佐助は目を奪われる。
あれだけ慌てていたというのに、目にしただけで思考ごともっていかれてしまうのだから、もう駄目だ。
何を考えていたとしても全部どうでもよくなってしまうくらい、引き寄せられる。
佐助は確かに火が、…炎が好きだ。
いつ見ても綺麗なものだと思うし、とても尊いものだとも思う。
けれど、それを纏って颯爽と佇むこの人が、一番綺麗で格好良いのだ。
眩しい物でも見るように目を眇めてその姿に見入っていれば、何気ない動作でその顔が佐助のほうへ振り向いた。
「そろそろ蝋が尽きる。騒ぎになる前に行くぞ」
「え…」
問いかける暇もあればこそ、幸村はがっと佐助の腕を掴んでその場から離れ始めてしまった。
呆けていた頭が次第にはっきりしてくる。
「ちょっと旦那、あれちゃんと消さなくていいわけ?まだ結構な勢いで燃えてるけど…」
「俺が離れればすぐに落ち着く。全部燃やし尽くすのは流石に悪いだろう。…だから早く離れようとしておるのだ」
「えー」
自分で燃やしておいて何を、と言いかけた佐助だったが、幸村がこんな行動に出た理由をよくよく考えてみれば佐助のためだったわけで。
「………。」
文句を言うべきか、無茶を諌めるべきか、それともここは礼を言うべきか。口に出すべき言葉が見つからず佐助は口を噤んでしまう。
しかし幸村はいつになくご機嫌なようで、楽しげに笑いながらこんなことを言った。
「俺でなく炎を見れば良かったものを」
あ、ばれてる。
思わず言い訳を口にしようとしたものの、これを誤魔化せるとは思えない。
第一あれだけガン見していれば気配に敏い幸村が気付かないはずが無いのだ。
「綺麗だったけど」
「そういう感想はキャンドルロードを見たときに吐かぬか」
諦めて素直に感想を口にした佐助に、幸村からそんな言葉を返される。
多少照れてくれるかと思っていた佐助は拍子抜けだ。
「もーちょい可愛い反応して下さいよ」
「馬鹿者、俺に可愛さなど求めてどうする」
「愛でる」
「阿呆」
苦笑と共に掴まれていた腕が離され、佐助はしばしたたらを踏んだ。
「ちょっと、いきなり放したら危ないでしょーが」
「何の冗談だ佐助?この程度でお前が転ぶことなど、天地がひっくり返っても有り得ぬ」
「どっから湧いてくるんですかその自信は…」
「事実だろうが」
にっと笑った幸村は、少しも揺るがずにそう言い切った。
「そこまできっぱり言い切られると、俺様緊張しちまいそうなんですがね」
「そんな可愛げ、お前がもっているものか」
「ひっでーなぁ」
そうやって軽口を叩き合いながら、家路を急ぐ。
今はこうやって上機嫌でも、腹が減ってくればまた機嫌は下降しはじめるだろうから。
家に帰ったらすぐに用意にとりかかろう。さっきの見世物の礼に、うんと手の込んだもので返すのだ。
そう思って、佐助は足を速めた。
派手な電飾で彩られた通りの中に、さっき見た炎が浮かぶ。
その鮮やかな色を決して忘れないように、そっと瞼の下へ刻みつけた。































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 CRIMSON CHORALEとリンクしているかもしれない話。
 花火とかしてても幸村の周囲はすんごい燃えるはず。