「楽になりたいか…?」

浅く繰り返される呼吸と、汗の浮いた額。
熱に浮かされたように揺らぐ両の目には涙が滲んでおり、時たま思い出したように瞬く瞼がそれを雫として落とす。
体中に巻かれた包帯にはそこかしこに赤く血が滲んだままで、さっき変えられたばかりだというのにこの有様だ。
そして肌の色はその下に隠されたままで見えない。
畳数畳の狭い空間に充満した臭いは汗と、薬と、血と。
荒い呼吸は熱く、体中に走った傷がこれでもかと熱を吐き出す。
けれど、うわ言のように呟かれた言葉は「寒い」。
それならば、とかろうじて露出している部分である頬へと、熱を移すように触れてやった。
しかし日頃無駄に熱いといわれるこの体温より、触れた先の熱の方が高い。
分ける熱すらこの身には無いのか。
眉根を寄せて頬から手を離せば、薄く開いていた瞼が数度瞬きを繰り返した。
「佐助」
覚醒を知らせるように動く瞼を見ながら、言った言葉。
それが冒頭の一言。
楽に。
救いのように響くそれは、そんな温かなものではない。
暗く、冷たく、悲しく。
後に戻れぬ最後の選択肢。
宿す意味は死。
じわりじわり死へ直走るくらいならば、楽に逝かせてやろうか?と。
常ならば考えられぬことを口にした。
けれどもう、見ていられないのだ。
生きてくれ、耐えてくれ、死なないでくれ。
そう願うのが、己の傲慢にしか聞こえぬようになってしまった。
死の淵に立つのこの男が、何度も苦しげにうわ言を呟いたのを耳にした。
中には自らの死を求めるものもあった。
聞いた時は冗談じゃないと思った。
生きよ、と。
ここへ、己の傍らへ戻って来い。
そう思った。
けれど今、こんな風に何度も死にかけては持ち直し、そしてまた死にかける。
それを苦しげに何度も繰り返すのを見続ければ、思ってしまうのだ。
そんなに苦しむなら。
お前が望むなら。

この手で。

だから問うた。
問うと同時にこの手を友の血に染める覚悟も決めた。
首が縦に振られれば、己は。
崩れ落ちそうになる覚悟を噛み締めて返答を待てば、苦しげなその顔が不意に歪んだ。
その表情の意味は?
問いかけるより先に、掠れた声が響く。
「へへ…冗、談っ」
弱弱しい声音に似つかわしくないその言葉は、それでも泣きたくなるほど強く響いた。
そうか、それが望みか。
一度ぐっと唇を噛み締めて、荒く呼吸を繰り返すその身へ向けて目を見開いた。
こんな苦しい状態で、それでも戦うと口にした勇ましいその身。
なのに己がここで折れてどうする。
この男が、まだ戦うと言ったというのに。
もう迷わない。
ひたすら、祈ろう。
己の寿命を半分分けてやっても良い。
生きて欲しいと願うことを、もう躊躇いはしない。
「お前か信ずる神に祈ろう」
忍が何かを祈る時、一体何にその願いを向けるのかを己は知らない。
だから教えてくれ、と。
ひび割れた佐助の唇を濡らした指で湿らせながら、答えを待った。
けれど。
ゆっくりと動いた唇は何か言葉を発することなく、意識はまた死神との闘いの場へと沈んでしまった。
必ず戻れ。
そんな思いを籠めて汗の浮いたその額へ己の額をそっと合わせると、そのままの状態で一つ“死ぬな”と希った。
意識が消える前にその唇が模った「だんな」という言葉を胸に刻んで。






























夢うつつ、途絶え掛けた意識の縁で、届かぬ声を上げる。
あんたが死ぬなと言うのなら、俺は死なない。
















































































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 不穏な話ですが、佐助死にませんので…。
 数日したら体調も安定してだんだん元気になります。
 忍働きも十分出来るほど回復します。
 あの時早まらなくて良かったって幸村は心底思います。
 でもその前に幸村は「楽にしてやったほうが良いのだろうか?」とか思わないだろうな、とも思いました。
 ですが偶には折れた心も見てみたい。