加糖ver












「佐助、トリックオアトリート」
流石にこの状況でお菓子をもらえるとは思っていない。
それどころかまた佐助が怒りだしそうな台詞だ。
案の定佐助は呆れた声で
「んなもん上げるわけ無いでしょうが」
とため息交じりに答えた。
その答えを受けてソファから立ち上がると、こちらに背を向けたまま作業を続ける佐助へ近づいた。
寒がりの癖に上はTシャツ一枚という軽装で、下はGパン。
そして足は裸足。
最近冷え込みが厳しいのだからもっと厚着をすれば良いだろうに、この男は昔から軽装を好んだ。
身軽に動き回れる方がいいのだという。
それならせめてその寒々しい素足を止めて、スリッパなり靴下なり履けば良いのに。
そんなことを考えながら、佐助のすぐ後ろで足を止めた。
作業中は邪魔にならないようにと纏められている明るい色の髪がひと房。
そして露わになった項も見えている。
「やはり、くれぬのか」
傷の無いその項を見つめながらそう呟くと、佐助の機嫌がまたも降下する気配がぴりぴりと伝わってきた。
また怒らせてしまったらしい。
「今日ので懲りたと思えばまだそういう発言が出てくるとはねぇ…」
心なしか食器を洗う仕草が荒々しくなっている。
がしごしと力を込めて磨かれている憐れな皿を眺めつつ、ひょいと佐助の肩に顎を乗せてみればその肩がびくりと揺れる。
「…くっ付いてもあげないからね」
相変わらず機嫌は悪いものの、振り払うような素振りは決して見せない態度が嬉しい。
そして言われた答えも満足の行くものだった。
お菓子か悪戯かと問われてこの男は“菓子はやらない”と答えたのだ。
それならば。
にやりと口に笑みを浮かべると、左手をすぐ前の腰へ回し、右手は肩の上から腕を回して口を塞いだ。
「?!」
突然の行動に流石の佐助も驚いたようだが、この程度で驚かれては困る。
今日はハロウィンなのだから。
口を塞いだままの手に力を込めて首を傾けさせると、すぐ目の前の項へがぷりと歯を立てた。
「ん―――っ!!!」
咄嗟に拘束から逃れようと体をよじるのを力で抑え込み、今度は甘く歯を立てる。
「…っ!!」
佐助の手から皿が落下する音が響き、スポンジもシンクに転がった。
空いたその手でこちらの拘束を外そうとしたようだが、その手が泡だらけということに気付いて動きが止まる。
この男のそういうところは昔から全く変わらない。
手を汚すのが血でもあるまいに、洗剤だろうが水だろうが、不快な感触を与える可能性がある以上、いつも幸村に触れるのを躊躇する。
愚かで愛しい癖だ。
そんな些細な躊躇をされて、このまま拘束し続けることは出来ない。
佐助の取ろうとした行動の通り、腕での戒めを緩めれば、真っ赤な顔をした佐助が物凄い速さで振り向いた。
「なっあ、あんたいきなり何っ?!」
上手く言葉を紡げないほど動転しているその様を楽しげに眺めて、今度はその唇を奪ってやった。
「…っ?!」
びくりと震えて硬直したその体に腕を絡め、反対の手は首へと回す。縛ってあった髪を解きながら指を絡ませ、ヘアゴムは床へと落とした。
さらさらと指の間を通る髪の感触が心地良い。
「菓子をくれぬのが悪い」
唇を離した隙を縫ってそう告げれば、一瞬何か言いかけたものの、結局は観念したように佐助の目が閉じられた。
その瞼に唇を寄せれば、こちらの背にも腕が回される。
くしゃり、と泡が潰れるような軽い音が響いたあと、じわりと水がシャツに沁みこんで来た。その場所がひやりと冷たくて少しこそばゆい。
そこまでこの男の余裕を奪ったのが嬉しくて、思わずくすりと笑いを洩らせば、それを掻き消すように口を塞がれた。
「…う」
甘く噛んでくるその感触につい流されそうになったが、はっと我に返って慌てて己と佐助の間に手を差し込んだ。
当然佐助は行為を中断されて憮然とした顔をしている。
しかしこれに関しては譲るわけには行かないのだ。
今日はハロウィンなのだから。
目だけで「何で?」と問いかけてくるそれに笑って返すと、佐助を押しのけた手を滑らし、指でその唇の輪郭をなぞった。
僅かに佐助が震えたのを感じながらもゆっくり指を滑らせると、そっとその答えを告げた。
「俺の悪戯だ」
「…ずる、くない?」
どうにも納得できない、と言った様子の佐助を無視して笑いつつ、絡めた腕の力を強めれば、今度は佐助が不適な笑みを浮かべた。
あ、まずい。
そう思って佐助が口を開く前にその口を塞ごうとしたが、それより先に言われてしまった。
起死回生の一言を。
「旦那、“Trick or Treat”?」
無駄に発音が良いことはこの際置いておいて、その内容に顔が引き攣った。
今日は完全にこちらの勝ちだと思っていたのに、やはり口ではどうやっても勝てないのだろうか。
逃がさぬとばかりに腕に力を込めてくる中、ポケットを探って菓子を探す。
ブラックガムなら今日は大量に貰いまくった。
あの強烈なミントをこの男にも味合わせてやろう。そう思ったのに無常にもポケットは空。
さっき今日の戦利品を並べて数え上げていたのが仇となったか。
ちらりと後ろを振り返れば、リビングテーブルの上に大量のブラックガムが並んでいる。
あれさえこの手に戻ればここは勝てるのに。
「旦那?」
楽しげに「さぁ菓子を出せるものなら出してみろ」と問うてくる笑顔がどうにも憎らしい。
けれど打つ手は無い。
「その…ちょっと放してくれぬか?」
半ばやけくそで提案してみたが、答えは更に強く込められた腕の力で返された。
少し苦しい。
「あっちに大量にあるぞ」
「そうだね」
「取りに行けばあるのだ」
「そうだね」
「ほんの少しで取りにいけるぞ」
「そうだね」
ここで佐助が言いたいのは「だから何?」だろう。
早く答えを返せ、と心底楽しげに笑っている笑顔についつい闘争心が湧き上がってくるが、それよりもこの男の機嫌の方に意識を持っていかれた。
さっきまであれほど不機嫌だったというのに、今はそう…多分、控えめに言ってもかなりご機嫌なのだろう。
すぐ近くにある瞳には今朝からのあの冷徹な光は見つからず、代わりに仄かな熱が宿っている。
この男の感情を乱すものなど、この世にあるもの全てを探しても極少数だというのに、それが今起こっているのだ。
こんなに簡単なことで。
「…ははっ」
複雑な精神構造をしていると思っていたはずなのに、こう言ったことに関しては思いのほか単純だったらしい。
なぜかそれが酷く嬉しく、自然と笑いがこみ上げてくる。
「旦那?」
怪訝な表情で問いかけてくるその男へ、込み上げてくる衝動に抗わずに笑いかければ言葉は自然と零れ出てきた。
「望み通り、菓子はやらぬ」
「そりゃ、どうも」
こんな時でもそんな風に飄々とした答えを返すのが少々悔しく思ったが、吐息すら食らいつくされそうなほどに深く口付けられたその熱にこの男の思いを知る。
背に回った腕の強さだとか、さっきから出しっ放しの水だとか。
日頃からあれだけ節水節水と煩い癖に、今は完全に頭から抜け落ちてしまっているらしい。
それを忘れさせているのが己かと思うと体の熱がまた上がる気がしたが、それも悪くないと思った。
今はただ、この熱だけ感じていられればそれで良い。




























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あっっっま!
呼んでくださった方ありがとうございました。
ハロウィン話、イベント便乗は初めてなので楽しかったです。

↓続きの補足です。読まなくても問題ない内容ですので反転します。
上のやり取りの後、幸村は「そろそろ水を止めろ」と佐助に言います。
けど佐助はにやって笑って「ホントに止めて良いの?」とか聞きます。
訳が分からず幸村がきょとんとしていると、
「テレビもついてないのに、今水道止めちゃったらさ…音とか声とか響くけど」
とか言います。
幸村の許容範囲超えた発言だったためやっとここで「破廉恥!!」の声とともに鉄拳制裁が入ります。
そこまで書こうと思いましたがまた無駄に長くなりそうだったのでここで妄想語りを…。
…ここいらで自重しときます。